第3章 コイノメバエ。
「なぁ、楓」
「なんだ?大地」
夏が存在を主張してきたある日の事、大地が帰宅しようとする楓を呼び止めた。
「あのさ、一緒に帰らねぇ?」
「別にいいけど」
そっか、と微笑む大地もまた爽やかな顔をしていて、密かに狙っている女子も多い。
大地と一緒に帰るのは、久しぶりであった。少なくとも、ロキが家に来てからは、一度もない。だが、長い付き合いだけあって、楓も大地も心を許せる部分が大なりある。話が盛り上がり、笑いも絶えない大地と話すのは楽しい。ロキと出会う前、少し大地に惹かれていた事も、正直あった。
「そろそろ夏休みだなー」
「そうだな」
「一緒に宿題やったり、花火見に行ったりしようぜ」
「気が向いたらな」
以前の楓ならば、その誘いに乗ってくるはずだった。大地はホームステイをしているあの外国人のせいだ、と想像を的中させていた。
気がつくと、楓の家の前まで来ていた。
「おい大地、お前の家向こうだろ」
「楓!」
突然大地が叫んだので、楓は驚いて体を硬直させた。
「俺、お前が好きなんだよ!ずっと好きだったんだよ!」
「……ええ!?」
「お前があまりにも鈍感だから、はっきり言うけど、俺はお前と付き合いたい!」
「で、でも……」
裏の仕事をしている限り、楓はどんな異性とも付き合う気はない。裏の仕事の事は触れずに、そういった内容の説明で大地を落ち着けようとしたが、大地は楓の肩を掴んでいる。顔が近づいてくる。
「おい、何する……」
「いいから目閉じろ」
大地の強引なキスを受け止めてしまいそうになった時、目を瞑った楓の耳に聞こえたのは、大地の「うわっ」という声だった。
目を開けると、ロキが楓を自分の後ろに隠し、大地を蹴り飛ばしたようだった。
「楓に近づかないで頂こうか、下等な人間が」
ロキは明らかに怒っている。ここまで怒ったロキを見るのは、初めての事だ。
「ロキ!だ、大地、大丈夫か?」
ロキを口で咎め、倒れた大地に駆け寄ろうとする楓の手首を、ロキは掴み、家に引きずり込んだ。
こんなに力があったのか、と思うほどの強い引力に、楓は戸惑う。
「ロキ、痛いってば!」
「……」
ロキは何も言わない。そして。