第3章 コイノメバエ。
「……で、これか」
買って来たのは、メールで決めた夕飯の材料ではなく、どう考えてもカレーの材料であった。マシにはなってきているが、まだロキは箸が覚束無い。そして、相も変わらず好物はカレーだ。
「よし、じゃあ作るか」
「あぁ」
キッチンに二人で並ぶ。
いつもの事なのに、何故か二人には会話がなく、お互い正体不明の悶々とした感情が生じている。
「おい」
「なんだ?」
「それはカレーではないだろう」
「うん。肉じゃが」
「何故そうなる!」
「材料一緒だし」
「貴様なぁ!」
ロキが楓の頭を小突いた。
「勝手にメニューを変更するお前が悪いんだろうが!」
楓も負けじと空いている足でロキの背中を蹴った。そうして、何故か軽い取っ組み合いが始まる。
周りからはじゃれているように見えるが、本人達は至って真面目だ。
すると、楓が体勢を崩してしまった。
「うわっ」
「危ない!」
ロキが支えたが間に合わず、二人は倒れてしまった。傍から見れば、ロキが楓を押し倒しているようにしか見えない。
二人はただ、見つめ合っていた。すると楓の顔がどんどん朱に染まっていく。ロキはロキで、初めて楓を女として見ていた。よく見れば、均整の取れた体つきをしているし、顔も改めて見るとやはり美しい。しばし無言のまま見つめ合っていた二人の唇が、ゆっくりと近づいていく。重なろうとした瞬間、鍋の吹く音がし、二人は我を取り戻した。すばやく離れると、楓は火を止めた。
心臓が痛い程高鳴り、鼓動も早い。耳が熱く、心臓の音がドクンドクンとやけに響いた。
それからはなんとか持ち直し、二人は今の事がなかったかのように、普通に振舞おうとした。
テレビ番組を見ながら、夕食を食べる。普通にしたいのに、ぎこちない会話を数回し、なんとなく居心地も悪い。何度か目が合うが、どちらからともなく逸らしてしまう。