第3章 コイノメバエ。
「あ、やべ、降ってきた」
学校からの帰路、楓は突然の雨に降られていた。天気予報では晴れだと言っていたのだが、生憎天気を完璧に読むことなど不可能らしい。傘も持っていないので、鞄で頭を覆いながら、楓は走って帰ることにした。
「ただいま!」
「おかえり、急な雨だったな……う」
ロキが急に唸って顔を背けたので、一体どうしたのかと自分の体を見てみると、雨でワイシャツが濡れてしまい、下着が透けていた。
「み、見たな!?」
「見ていない!ピンクの水玉など見ていないぞ!」
「思いっきり見てんじゃねぇか!!」
ここまで嘘が下手なロキも珍しいものである。
楓は、とりあえずシャワーを浴びる事にした。
しかし、先ほどのロキの行動には、少し疑問が生じる。確か以前彼は楓の裸を見た事があるが、何とも思わず、平然としていたし、「欲情して欲しいのか?」と余裕綽々な発言をしていた。今更下着を見たくらいでどうも思うはずはないのだが。
「い、いや、別に反応して欲しいわけじゃないけどな……」
そう独りごちる。
「一体なんだというのだ」
ロキも、楓がシャワーを浴びている間、自分のこの感情に疑問を持っていた。裸など見られているし、見てもいる。三ヶ月程一緒に生活をしてるだけで、たかが人間界の女を意識するなど有り得ない。この、玉座に就くはずであった神の自分が。
もちろん、嫌いではない。でなければ一緒にいる事など我慢すら出来ない。あの日、寂しさを埋めてやりたいと言ったのは、嘘ではないが、彼は単純に他に住む場所を見つけるのが億劫だったからだ、と本人は思っているし、そう言い聞かせている。だが、楓を放っておけないという気持ちも、また認めざるを得ない。
そこまで考えたところで、楓が風呂から出てきた。
「いやぁ、突然の雨だったな。悪い、急に雨が降ってきたから買い物出来なかった。これから行ってくる」
「いや、私が行こう」
「へ?別にいいよ」
「せっかくシャワーを浴びたのだ。暑くなってきているとは言え、湯冷めでもされたらたまったものではない」
そう言うと、ロキは財布と傘を持ち、さっさと家を出ていってしまった。
取り残された楓は、ロキのよそよそしい態度に反して自分を心配してくれている発言に、不本意ながらも嬉しいと思ってしまっていた。