第1章 デアイ、ハジマリ。
「とりあえず、ここに座っていてくれ。私は風呂に入ってくる。詳しい話はそれからにしよう」
ロキをソファーに座らせ、テーブルにコーヒーを置くと、楓はさっさと風呂場に向かった。まずは体臭をなるべく消さなければならない。ロキの嗅覚がいいからかも知れないが、血の匂いがすると言われた以上、お湯を浴びないわけには行かなかった。
シャワーで頭を洗いながら、今日の一日を思い返す。
毒島は本当に最低な人間であった。依頼主の娘を誘拐し、独自で開発した麻薬の実験体にしようとしていたのだ。しかしやはり人間。銃を突きつけられると、ガタガタ震えながら、命乞いをしてきた。それもお決まりの「いくらでも払う」を何度も口にしながら。
しかし、この男も裏では顔が広いと言われていた割に、「吉村」については知らないようだった。
そこでふと考える。自分のしている事は果たして意味があるのだろうか。
「吉村」を殺す。ただそれだけの為に、何度無関係な者を殺めてきたか。「吉村」に近付ける確かな証拠もないというのに。
そこまで考えた所で、急に浴室の扉が開いた。
「……」
「あの飲み物は苦い。他に何かないのか?」
「言いたい事はそれだけか?」
人の入浴シーンを堂々と見ておきながら、素っ頓狂な事を言ってくるロキは、ただきょとんとしている。
怒りと恥ずかしさでブルブルと震えた楓は、拳を振り上げ、
「一回死んでまた死ねぇぇぇ!!」
とロキを豪快に殴った。
「何も殴ることはないだろう。別にお前の裸を見てもなんとも思わない」
「それはそれで腹立つけどな!!」
「欲情して欲しいのか?」
「うるさい忘れろ!っていうか死ぬ!?」
楓の怒気にさすがにロキも少々驚き、口を噤んだ。
ロキの前に置かれた飲み物は、コーヒーから青汁に変わっていた。楓なりの囁かな嫌がらせである。
ロキが青汁を一口飲み、ぶっと吹いた事で、多少怒りは治まった。
「所で、ロキ」
「なんだ?」
「いくつか質問がある。答えられる事だけ答えてくれ」
「了解した」
「まず、アスガルドってなんだ?」
ロキの説明を要約すると、アスガルドとは、ロキの育った国だそうだ。そして、そこは地球には存在しないらしい。
ロキは元々巨人族の子供なのだが、赤子の頃に父、オーディンに養子として引き取られたらしい。