第1章 デアイ、ハジマリ。
楓の任務は無事に完了した。受け取った報酬の小切手を大事にしまい、我が家に向かっている。
任務の後は、どこにも寄り道をせず、まっすぐに帰るのが彼女のルールだったが、この日は違う。どうやら自分をつけてきている者がいるらしい。
楓は姿勢を低くし、さながら忍者のように素早く人を掻い潜って走り、ビルの隙間の路地裏に入った。
「……まいたか」
「残念ながら」
「うおぉぉぉ!びっくりしたぁぁ!な、なんだ。ロキか」
「何をしている?」
「あ?いや、仕事をしてただけだ。何か用か?」
今日でこの男と会うのは三回目である。すると、ロキが近付いてきた。鼻先が触れるか触れないかの所で、接近は止まる。楓は不覚にも、ロキの整った顔に、どきりと心臓が高鳴ってしまった。
「……血の匂いがするな」
「!」
バッとロキを仰ぎ見る。しかし、ロキはそれを不快に……いやどうとも思っていない様子だ。その後少しの間があったが、何故血の匂いがするのか追求してくる様子も見受けられない。変な男だ。楓のロキの印象は変わらなかった。変な男。しかし、どこか気になってしまう男。
「ロキは、一人で日本に来たのか?」
「あぁ」
「ホテルはどこを取った?なんか不安だから、送ってってやるよ」
「ホテルとはなんだ?」
「……は?」
「え?」
奇妙な沈黙が生まれてしまった。楓はこめかみに人差し指を当て、うんうんと唸っている。
ロキは相当な世間知らずだ。そして、アスガルドとかいうわけの分からない所の出身だと言っている。本当に変な男で、このまま放っておいてもいいと一度は思ったが、やはり一人にするのは不安だ。
やがて、ふぅ……と短い溜息をつくと、ロキの手を握った。
「とりあえず、私の家に行こう」
それが楓の妥協案だった。ロキも特に抵抗はないようで、引かれるがまま楓についていった。