第4章 見返りは弁当を
これはチャンスかもしれない。
「おれも今から帰るところだから、家まで送るぞ」
ローは車に近づくと鍵を開けた。
「そのフェラーリ、あなたのだったんですか……?」
(嘘でしょ?同い年ぐらいなのに…、医者ってどんだけ稼いでるの?それとも元々お金持ちなのかな。ボンボンそうな顔してるし…)
「早く乗れよ」
「いえいえ!結構です!電車もバスもあるし!」
「遠慮するなよ。話したいこともあるんだ」
「い、嫌です」
「あ゛ァ?」
(もう、この人苦手……)
気まずい沈黙が流れる。
(この女、どうしてこんなにガード硬いんだよ……)
他の女から尻尾を振ってホイホイついてくるのに。
ここまで頑なにされると、どうしていいかわからない。
「……今日の弁当だけど……、おれは梅干しは嫌いだ」
「え?」
「ついでに何で卵焼き入れてなかった?」
「あ、卵切らしちゃって…」
「後は全部、美味かった。薄味だけど、素材の味を大事にしてる気がして」
「わぁ!ありがとう」
それはアンにとって最大の褒め言葉だった。
素材の味を大事にしていて美味しい。母が作っていた料理がそうだったから。
アンはローに笑顔を見せた。
それはいつもの営業スマイルとは違う、自然な笑顔。
(こんな顔で笑うのか……)
「でも、すみません。嫌いなもの入れてしまって」
アンはまた困った顔をした。さっきの笑顔の方が良かったのに。
「いや…、明日も続かなければそれでいい」
(…そうか、明日も…)
当然のように明日もローの弁当を作らなくてはならないらしい。
「好き嫌い、多いんですか?」
「別に多くはないが…。立ち話もなんだから、とにかく乗れ」
「それは嫌です」
「………………」
アンはまた断るとバイクにまたがった。しばらくすると鈍いエンジン音が辺りに響く。
「かかった!じゃあお疲れ様でした!」
アンはフルフェイスのヘルメットをかぶると、颯爽とローの前から走り去った。
何故だかその姿が見えなくなっても、彼女が去った場所からしばらく視線を外せずにいた。