第12章 波乱の夏休み
夢の中なんかじゃないと気づいたローはアンの髪から手を離した。
彼女は黙ったまま伏せ目がちに目を逸らす。
怒っているのだろうか。とても気まずい。
「…いや、アンと呼んでも?」
「…どうぞ」
面と向かって彼女を呼び捨てにしたことはない。何とか取り繕いたいが、会話が続くはずもないしアンの憮然とした表情も変わらない。
腰を上げてローから少し距離を取るとアンは自分をうちわでパタパタ扇いだ。
さっきやたら涼しかったのはそのせいか。ずっとアンはそばにいてくれたんだろうか。
「あ!そうだ、スイカ食べます?」
アンはローの返事より前に立ち上がると小走りに部屋を出ていく。
(逃げられた…?)
せっかく二人きりだったのに。惜しいことをしたのかもしれない。
(何なの、あれ。心臓に悪い……)
アンは台所に着くと大きなため息を吐いた。胸がドキドキする。
急に髪に触れたと思えば呼び捨てで名前を呼ぶなんて。
ただでさえ顔がいいから、あんな風に見つめられたら何も言えなくなる。
病院でモテモテなのがわかる気がする。自然にあんなことされたらそりゃ誰だって好きになるわ。
ハイスペックドクター、恐るべし。