第12章 波乱の夏休み
大広間に戻ったアンはローの身体にそっとタオルケットを掛けた。
窓からの風が止んで、うちわでローに風を送る。真夏日といえど、風通しはよくて都会よりは随分と涼しく感じる。
ローはいつもの不機嫌そうな顔とか違い、穏やかに眠っていた。
(眠ってると若く…、いや年相応に見えるわね)
エースやサボに比べるとローは随分と大人びていた。
医者という職業柄かもしれないけれど、いつも追いついていてあまり同い年とは思えない。
(普段はどんな感じなのかな、なんて)
そんなこと興味のかけらもなかったはずなのに。
(ああ、モヤモヤする……)
アンはうちわを持つ手に力を入れて強めに扇いだ。
(涼しい……)
ローは夢うつつに思う。田舎の夏はこんなに過ごしやすいのかと。
(病院やめたら、田舎に移住しよう……)
何十年後かの未来に夢を馳せる。
田舎に引っ越して町医者をしながら悠々自適に過ごすんだ。
こんな風に古民家を買って好きにいじるのもいい。
場所は山より海の近く。昔から波の音や潮の香りがなんとなく好きだから。
一人でもいいけれど、少し寂しいだろうか。もし伴侶がいるならアンみたいに料理が美味い人がいい。
庭で一緒に野菜を育てて、料理に使うんだ。採れたての野菜なんてきっと彼女なら喜ぶだろ。
ふと目を開けたローは手を伸ばして目の前のアンの横髪に触れる。
どうせこのアンだって夢の化身。夢の中なら何しようが自由だ。
「…何?寝ぼけてるの?」
アンは怪訝そうに眉間にシワを寄せる。
夢の中でさえ優しくない。少しぐらい微笑んでくれてもいいのに。
(何だよ、この夢。……夢?)
サラサラした髪は妙に感覚がリアルだ。彼女の戸惑った表情も。
「……離して」
「アン」
名前を呼ぶと驚いた顔をした。