第9章 彼女の願い事
ベックマンとの再会から数日後、食事に誘われた。
それは昔よく通っていた、東の海商店街の一番端にあった。見逃してしまいそうなぐらい、こじんまりした小料理屋。
入口の引き戸を開けるとカウンターの隅っこに先日出会った女の子が足をぶらぶらさせながら座っていた。
「はは、お嬢ちゃん、また会ったな」
「アンよ。ベックさんの友達のおじさん」
「おじさんじゃねぇ、シャンクスだ」
「シャンクスさんもお母さんの友達なの?」
お母さん、と言われても誰のことだかわからない。そもそもこんな子どもが何故小料理屋のような所にいるのだろう。
疑問に思いつつベックマンに倣って何気なくカウンターに腰掛けようとしたとき女の声がした。
懐かしくて愛おしい、忘れそうで忘れられない、そんな声。
「……久しぶりね、シャンクス」
「…セイラ…?」
瞬いて驚くシャンクスにセイラは微笑んでみせた。
和服がよく似合う若女将といった風貌だが、目の前にいるのは間違いなく昔愛した人だった。
その頃の彼女は料理学校に通いながら、定食屋でバイトをしていた。美人で器量がよくて、言い寄る男は絶えなかった。力づくでセイラを自分のものにしようとする奴らもいて、そんな男達がシャンクスは大嫌いだったから散々暴れてぶん殴った。
当時シャンクスは進学もせず定職につかず、日雇いの肉体労働の仕事で日銭を稼いでいた。稼いだ金はバイクと酒とギャンブルに消えていく日々。セイラのために何か買ってやった記憶もない。
今思い返せば自分でも最低だと思う。それでもセイラは毎日甘い卵焼き入りの弁当を作ってくれた。
(別れて正解だったと思われているかもしれない……)
彼女の笑顔を見てそう思った。