第9章 彼女の願い事
急激な息苦しさと胸の痛みが襲われながら、意識が遠くなる。
周囲を取り込む医師や看護師に慌ただしく処置を施されるが、どこか他人事で。
脳裏に浮かぶのは何年もほったらかしにした二人の子どものこと。
父親らしいことなんてひとつもしてやれなかったな、特にアンには。
嫌われたって仕方がない。一番辛い時にそばにいてやれなかったんだから。
アイツと最初に会ったのは、桜の木の下だったっけ。
花びらが舞い散る桜の木からいきなり落ちてきたから、桜の妖精かと思ったんだーー。
***
戦場ジャーナリストとしてさまざな国を転々としていたシャンクスが母国の地を踏んだのは8年ぶり。
故郷と呼べる場所にもすでに家族はなく、天涯孤独の身だ。
日本に戻り訪れたのは、友人や恋人と過ごした思い出の場所だった。
(……アイツどうしてるかな、人づてに実家に帰ったとか聞いたけど)
夢を叶えるために別れた恋人とも音信不通だ。彼女の故郷は南の彼方。
もう会うこともないだろうに彼女の顔は今も鮮明に思い出せるし、忘れたこともない。未練たっぷりだ。
(今頃結婚して子どももいるかもしれない。あんな女、他の奴がほっとくわけねぇだろ…)
何とか未練を断ち切ろうと家族といる彼女の姿を想像するがうまくいかない。
(……セイラ、今幸せか?)
「にゃー」
シャンクスは猫の鳴き声で足を止める。目の前に見事な桜の木があり、木の幹の根元には赤いランドセルが置いてある。その隣で猫が鳴いていた。
(何でこんなところにランドセルが?)
もう一度木を見上げると枝が揺れて、桜の花びらがはらはらとシャンクスの頭上に舞い散った。
その瞬間ーー、
「きゃー!!」
桜の木から小さな赤い髪の女の子が落ちてきた。