第9章 彼女の願い事
シャンクスが罹患した深部静脈血栓症とは下肢などの深部静脈系に血栓を生じ、静脈閉塞を起こすものだ。
その血栓が静脈を流れて肺動脈を塞栓すると肺血栓塞栓症を発症する。突然の呼吸困難と胸痛に低酸素血症を伴い、時に心停止を引き起こし死に至ることもある。
当然、ローは肺塞栓のリスクを考慮して治療に当たっていた。
しかし発症を防止できなかった以上、次の治療を行わなければならなかったし、シャンクスの状態は重症で事態は急を要した。
この時点で患者を助けるためには外科的治療、すなわちオペが最善だとローは決断したのである。
オペに必要なのはまず家族の同意だった。
オペ室に連絡して準備が整うまでの間に家族に説明をするのが、今ローがしなければならないこと。
「やっぱり行かない」
ルフィが呼びに行くと、アンはそう言い放った。
「そんなこと言うなって、アン」
「行こうぜ、ねーちゃん!」
だってどんな顔をして会ったらいいのだろう。
"もう顔も見たくない。会いに来ないで"
それはアン自身がかつて彼に向かって言った言葉だ。
その言葉通り、彼はあの日から何年も会いに来なかった。どんなに後悔しても謝ることすらできてない。
「あ、トラ男!どうしたんだ?顔こわー」
面会を渋っていたらまさかの主治医の方からきてしまったと思った。
彼はいつになく険しい顔をして、ピリピリした緊張感が漂う。
アンを見据えて、ひとつ大きな息を吐いたあと、言葉を紡ぐ。
「今から父親の治療の説明をしたい。重症の肺塞栓を起こしてオペが必要だ。早くしないと助からない」