第9章 彼女の願い事
ICUがあるフロアは他の病棟とは違って、人の出入りが少ない。
待合のスペースにいても通路を通るのは医療従事者ばかり。あれこれ話し合う内に時間だけが過ぎていく。面会時間もあとわずかだ。
「アンが聞いてこいよ。知り合いもいるしお前のことだろ?」
「私は別に知りたくないもの。それに身内はいないって言い切ってるのよ?」
「それはあの人だってお前らに迷惑掛けたくないとか、色々考えてるんだよ」
ああだこうだ言って、なかなか行動にうつそうとしない大人に業を煮やしたのか、ルフィが立ち上がった。
「父ちゃんいるかどうか聞いてくる。おれは会いたいもんな」
「待って、ルフィ…」
「あー、こらこら。好きにさせろ」
サボがアンの腕を掴んで引き止める。彼女の気持ちがわからないわけじゃない。母親の死をきっかけに自分を犠牲にして、すべてを背負ってしまった不器用で意地っ張りな従姉妹。
誰も悪くないのに、何もかもうまくいかなかったあの頃。
今までになく泣き喚いたアンを誰が責められようか。
「もう許してやればいいじゃん。あの人も、………自分のことも」
♠︎
ルフィはICUの入口に近づいた。すると見知った人物が自動ドアを開けて出てくるのが見えた。
「あ!トラ男!」
ちょうどよかったとばかりに嬉々として駆け寄ってくるルフィに、ローは困惑した。
「お前が何でここにいるんだ…?」
他のフロアならまだしもここに用がある人物は限られる。一瞬迷子かと思ったがそれは違った。
「なぁ、そのICUってとこにおれの父ちゃんいる?」
「はぁ?」
唐突に聞かれて意味がわからない。そもそもコイツら姉弟には父親はいないんじゃないのか。詳しい事情は知らないが。
「……父親の名前は?聞いてきてやるよ」
父ちゃんの名前なんだっけ?っとルフィは一瞬思った。頭の中をフル回転させる。
「えーっと、シャンクスって名前だ!」
(……!!
まさか、嘘だろ…………)