【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】
第2章 冬
「こんなところでする話じゃなかったですね、すみません」
「いえ! こちらが無理にお願いしたことですし……」
白髪少年がわざわざ頭を下げて謝ってくれる。そんなこと、しなくたっていいのに。
成美は両親が死んでせいせいしている。
いつか、『ヨコハマには孤児もたくさんいて、両親が健在だというのは素晴らしいことなのだ』と説かれたときには絶望した。
親がいるから幸せとも限らない。
喩えどんなに孤児がいたとしても、成美が幸せだという論拠にはならない。
成美は社会にも大人にも辟易していた。
「ずいぶんよく覚えてるんだね?」
「え? ……ああ、そういうことですか」
さっきから、白髪少年の視線が気になる。まるで憐憫のような、可哀想なものを見る目。
──自分と、同じものを見る目。
「親が死んで幸せになってはいけませんか?」
白髪少年が息を呑み、探偵が口元に大きな笑みをたたえた。さっきからこの探偵は、何がおもしろいのか笑ってばかりいる。探偵ゆえの性か。だとしたら、この男の血はきっと探偵として一生を終えるのだろう。
──もっと、信じられないものを見るような目をされるかと思っていた。
「まさか。悪いなんてことはないよ。やっと本音を聞けたと思って」
「はぁ……、それで、用件はお済みでしょうか? 仕事に戻りたいんですけど」
「いいや、まだだよ。本題はこれからだ。君に訊きたいことがあってね」
「……五年前のことじゃないんですか」
「違う。さっきのは君が勝手に話し出したんじゃないか。あんなのは警察の調書ですでに知っていたよ」
これには成美も腹の奥がむかついた。なんだその言い草は。だったら途中で割って入ればいいものを。
──でも、後悔しているんだ。
「今朝捕まった犯人は五年前の事件とは無関係だよ。五年前にも訊かれたかもしれないけど、もう一度。
──犯人に心当たりは?」
──あのとき、そのまま追い返していれば、って。