• テキストサイズ

【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】

第6章 冬:二度目のはじまり






「成美、」


扉の先に立っていた乱歩は、またも成美の知らない表情をしていた。成美は思う。そんな顔をされたら、また、期待が加速してしまう──。


「開けてくれて、ありがとう。そのまま聞いて。ほかの何を言わせてくれなくてもかまわないから、これだけは言わせてほしい」


──そんなに真剣な顔、しないでほしかった。


「成美、僕は君のことが好きだ」


瞬間、成美の周りの音がすべて消えた。世界には自分と乱歩しかいないのではないかと錯覚するほどの静けさだった。

嬉しかった。ほかの何よりも、これから先何があっても、きっと今より嬉しいことはない。それがたとえ嘘であったとしても、欺瞞であったとしても。

──でもそんなこと、疑うだけ無駄だ。


「……さっき、言いましたね。『僕の知らない君を知ってる社長に嫉妬した』と。そんなの、私だって同じなんです。私だって、私の知らない乱歩さんを知る福沢さんがうらやましくて仕方なかった」


成美は嘘をつかない。嘘がつけない。だから、今この言葉はすべて本物で、真実であった。
乱歩が成美を見る。見当違いの焦燥だった、あのときのことは。だって、福沢と再会したあとの成美の好意も、相変わらず乱歩に向いていた。


「……いいの? 君に僕は、きっと重い」
「そんなのは、私だって」
「どんなものも、過ぎれば毒だよ」
「あなたの毒なら、喜んで皿まで喰らいます」


乱歩の存在なくしては、成美はきっと生きていかれない。それは、成美が幼き日の福沢を差していた。──きっと、その存在が毒であったって。

成美が顔を埋めた乱歩の肩口は、太陽と飴玉の匂いがした。
乱歩が顔を寄せた成美の首すじは、ラムネよりも甘い蜜の匂いがした。

最初の口づけは、きっと何よりも激しい毒の味をしていた。






__Vanilla Fiction
ひとまずは、次のヴァレンタインを平和に過ごせるように。
/ 33ページ  
エモアイコン:泣けたエモアイコン:キュンとしたエモアイコン:エロかったエモアイコン:驚いたエモアイコン:なごんだエモアイコン:素敵!エモアイコン:面白い
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp