【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】
第2章 冬
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あの日は、雪が降っていました。窓の外が見たこともないくらい白くて、けれど外には出られないので、結露を指でなぞって暇を潰していました。
……そうですね、あの人たちにヴァレンタインなんて関係ありません。誕生日もクリスマスも、祝ってもらった覚えはありませんから。
はい、私は両親があまり好きではありませんでした。……というより、何の感情も持っていなかった、という方が正しいでしょう。生物学上、戸籍上親であると教えられた人間。それ以上でもそれ以下でもない。あの人たちもきっと、私を産みたくて産んだわけではないと思いますよ。
ひとりで自室にいると、階下が騒がしいことに気がつきました。いつもは気にも留めないのだけれど、あのときは階段を上る荒々しい足音が聞こえたので、ただごとではないと思いました。
両親でないことは明らかでした。あの人たちは、どれだけ腹が立っていようが、忍び足が基本でしたから。
そっと扉を開けてみると、黒い服に仮面をつけた、大柄な人間が立っていました。私が驚いて動けないでいると、その人間は私の腕を掴んで階下へと下りていきました。
下りた先の広間では、両親が縛られた状態で放置されていました。仮面の人間は用意した椅子に私を座らせて、縛ることもしないままに手を離しました。
「お嬢ちゃん、ここは特等席だよ。よく見ておいで」
仮面のせいでくぐもった声は、性別もよくわかりませんでした。
私は逃げませんでした。というより、逃げられなかった。私は外の世界を知りません。外に出たところで、助かる保証はありませんでしたから。
仮面の人間は持っていた鞄から包丁のようなものを取り出して、──両親の、アキレス腱を切断しました。
両親の呻き声、叫び声を、よく覚えています。私は何の声も上げられませんでした。あのとき、息が出来ていたかもわかりません。
それから、膝裏、太もも、手首、腋の下、首の順で、深く深く刃を突き立てました。後の事情聴取で、それが動脈を狙って切っていたことを知りました。