【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】
第2章 冬
「いらっしゃいませー!」
成美の人生が大きく変わったあの日から五年、二一歳になったあの頃の少女は、製菓の専門学校に通いながら、喫茶店でアルバイトをしている。以前に偶然訪れたここのマスターが淹れる珈琲があまりにもおいしくて、働かせてほしいと成美から頼んだのだ。
この喫茶店はレトロな造りで、決して広くはないけれど落ち着く雰囲気があった。マスターがほぼ趣味で営んでいるお店らしく、従業員はマスターと奥さんと成美のみ。規模は狭いが珈琲のおいしさが話題を呼び、客入りは多いようだった。
「いらっしゃいませ。二名さまですか?」
「うん。カウンターがいい」
「かしこまりました、あちらのお席へどうぞ」
印象的な糸目で年齢不詳の青年(仮)と、従者のように付き従っている白髪の少年。あまりに浮世離れした容姿に目を奪われた。──まるで、小説の中の名探偵のような。
「ご注文はお決まりですか?」
「僕はパフェ。とびきりおいしいやつ」
「じゃあ僕は珈琲を」
「あ、珈琲はふたつにして」
「かしこまりました。ここの珈琲おいしいので、楽しみにしていてくださいね!」
成美がカウンターの中に入ると、マスターが『あんまりハードル上げないで』と苦笑した。あんなにおいしい珈琲を淹れるのに、マスターはどうにも自信がないみたいだった。
パフェの器を取り出して冷蔵庫を開ける。ここのスウィーツは奥さんの担当だけれど、最近は成美がレシピを引き継いで作ることが多い。パフェははじめに教わった盛りつけの出番なので、けっこう楽しかったりする。
マスターが珈琲を淹れ終えたところで、パフェと一緒に運ぶ。最初はおぼんのバランスを取るのにも苦労したけれど、今や片手で運べるようにもなった。
「お待たせいたしました、珈琲とパフェになります。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「うん、ありがとう。それじゃあ西原成美さん、ちょっと時間をちょうだい」