【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】
第6章 冬:二度目のはじまり
「乱歩。たとえおまえでも、成美を傷つけることだけは許さん」
言いきった福沢を、乱歩は静かに見据えた。
乱歩には福沢の気持ちがひどく美しいものに見えた。自分が成美に対して抱いている想いとはまったく違う、奇麗でまぶしいもののようだった。
──わかってる。社長の、……福沢さんの想いに、美しさで勝てるわけがない。僕の想いは醜くて、彼女にぶつけるにはあまりに重い。
それよりも、乱歩は成美の初恋が福沢であったことが度し難かった。もしかしたら、はじめて身体を許した相手が福沢であったかもしれないことが。
これが知らないほかの誰かであったなら、乱歩だってこうも嫉妬に狂わない。怒りを覚えはしただろうけれど、相手が明確に知った人間で、それも自分の恩人と知って、怒りよりもやるせなさを抱いてしまった。
なぜそのとき、そこにいたのが自分でなかったのかと。
「福沢さんだって、抱いたんでしょ、十六の成美を」
「それは、」
「──僕は絶対にゆずれない。たとえ成美が、五年越しの福沢さんを選んだとしても」
福沢は目を細めて、目の前の、かつて少年であった男を見た。
──きちんと、わかっているではないか。
自分の気持ちに素直になれないようなら、乱歩を成美の元には行かせてやれないと思っていた。成美も難儀な性格をしているから、乱歩まで素直にならないようなら一向に事態は好転しない。
けれど、乱歩も成美も、自分の気持ちに気がついている。気がついていながら、すれ違いがあまりに多く、自ら距離を遠ざけている。本当は、誰より近くにいるというのに。
「乱歩、行かなくていいのか? 私は──成美が幸せになれないのなら、どんな手段も厭わん」
福沢が言い終えたときには、乱歩はすでに部屋にいなかった。向かった先は容易に想像がつく。
──幸せにならなければ、許さんぞ、乱歩、成美。