【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】
第5章 秋
──僕の指と舌が、彼女の白い肌を蹂躙したという事実。
乱歩はひどく焦っていた。さっきまで、成美の恋情は自分に向いていたはずだった。けれど福沢と意図せず再会させてしまったことで、成美のかつての思いが再燃してしまうのではないかと思った。
──成美の異能を、利用した。
〝嘘がつけない〟ということは、すなわち彼女の言う〝好き〟も〝嫌い〟もすべて事実ということ。嘘をつかない成美の隣が心地よかったはずだった。そうやって、彼女と出会ってから自分はその異能を都合よく利用し続けていたという現実にうち震えた。
──成美は行為に慣れていなかった。
経験があっても一度や二度ほどだと思う。そのたった数回、新雪を散らしたのが福沢かもしれないという可能性が、ひどく腹立たしくて。また嫉妬を掻き立てた。
──『乱歩さんっ、すき、です、私は、乱歩さんのことが、』
言わせてしまった。そのひと言を待ちわびていたはずなのに、自分が無理強いして〝言ってもらった〟ことで、熱が急激に冷めていく。
──なんで、成美の初恋が、よりにもよって。
成美がいつも、嬉しそうに話す恩人に、会ってみたかったと思っていた。
──あの人がいたから、私は生きているんです。
少し寂しそうな声音は、もう二度とその人に会えないとでも言うようだったから、てっきりもう、故人になってしまったのだと思っていた。
成美の心を占めているのは、福沢という名の恩人だった。
乱歩は自分にこんなにも醜い感情があったことに驚いていた。恋なんて、できてもしようがないと思っていたのにも関わらず。
──僕の指と舌が、彼女の白い肌を蹂躙したという事実。
──その事実があっても、彼女は僕を愛するだろうか。