【文スト】Vanilla Fiction【江戸川乱歩】
第5章 秋
武装探偵社は、意外にもこぢんまりしたビルの上階にあった。
乱歩の話を聞く限りではとても強くて賢くて勢いのある組織だと思っていたから、少し戸惑ってしまったのも事実だ。
けれど、そんな違和感はひとたび足を踏み入れた段階で消え去った。中身の価値は器では決まらないことを、成美は知った。
「あ、西原さん、お久しぶりです!」
「中島くん! 久しぶりだね、元気にしてた?」
「はい! 西原さんもお元気そうで何よりです!」
久方ぶりに会った中島や谷崎のほんわかした空気感に癒されていると、太宰治と名乗った男が話に入ってきて、国木田独歩と名乗った男に叱責されていた。
ついおかしくて笑ってしまう。乱歩の話のとおりの楽しい空間で、成美はこの武装探偵社という組織が大好きになった。
「成美、駄菓子食べる? いつも僕にパフェを作ってくれるから、成美には特別にあげる」
ひくり、と笑っていた頬の筋肉が引き攣った。〝特別〟という言葉に、過剰に反応してしまって。
──私が乱歩さんの特別だなんて、そんなことあるわけがない。
「──まさか。私は私のすべきことをしていただけで、乱歩さんの〝特別〟にしていただけるようなことは何も、」
そのひと言で、聡明な乱歩にはすべてわかった。成美が乱歩に対して恋情を抱いていること、けれど過去にあった出来事で劣等感があり、乱歩に好いてもらおうという気持ちさえも烏滸がましいと感じていること、それでも友だちをやめて避ける勇気はないこと。
成美の変化に気がついたのは、何も乱歩だけではなかった。中島も谷崎も、今の今まで何の関わりすらなかった太宰さえも、成美の様子がおかしいことに気がついた。
それがなぜかといえば、成美はその異能のせいで、つくり笑いが格段に下手だからであった。
「──そうだ、社長に会って行きなよ。僕の恩人だからね」
「……そう、なんですか! ぜひお会いしたいです」
成美はその場を取り繕って笑う。その笑顔は、周りの誰もの目に痛々しく映った。
乱歩は社長に会ってほしかった。自分の内側をさらすことで、成美に〝特別〟になることに恐怖を感じてほしくなかったから。