第4章 +アルファ/夢主はイルミの幼馴染
住む世界も状況も生き方もまるで違うが ユイにすれば知っている人間がこの街にいると思うだけでとても心強い。雑踏にごった返した色味のない街に、ぽっと小さな灯がついた気分にもなる。えへへ、と笑いながら話していれば昔の感覚を思い出してくる。
「あたしがちゃんと獣医になったらイル兄の所のミケが病気になった時診てあげるからね」
「ミケもだいぶ歳だしね、そのうちころっと体調崩すかもわからないしね」
「ミケはいくつになったの?」
「さあ?一説では爺ちゃんより歳上って噂もある」
「犬の寿命何歳だと思ってるの さすがにあり得ないよー!」
「だってオレが物心ついた頃からアイツうちにいるし」
掘り出せば昔話はいくらでもある。カップが空になる方が早かった。
突如、横から高い声がして会話をぶっつり遮断された。
「あ~~!やっぱりイルミだ こんな所で会うなんて偶然だねっ」
イルミの横にひょこっと近寄ってくるのはやや派手な印象を受ける綺麗な女の人だった。
「今日はこれからお店なの?」
「うん まあね」
「同伴…じゃないよねえ このコまだ子供だし。誰?」
長い睫毛とくっきりした大きな二重瞼が羨ましい程、女の目がユイを捉えた。この女がいかにも都会的な美人であるからかもしれないが 完璧な笑顔が冷淡に見えなくもなかった。こんな美女が街中を平気でうろうろしているなんて やはり都会は華やかな場所だ、とユイは再実感せざるを得ない。
会話から想像すると おそらくはイルミの客なのだろう。なんと答えるべきか戸惑っていると、イルミがやたら遠回しに適当な返事を返した。
「このコはただの父親の事業の取引先の娘」
「へぇ そうなんだあ」
「進路がこっちらしくてわざわざ出て来たから 社会見学を兼ねてちょっとね」
「なるほどねー!イルミってそんないい人ぽい事もするんだ。…なんか全然似合わないねえ」
女はクスクスと鼻にかかる甘ったるい笑いを見せる。
ユイは少しだけ頭を下げた。
彼女の言う“似合わない”とは イルミが田舎者の小娘の世話を焼くことに対してではなく、イルミとユイがこの場を共有することに対して発せられた言葉のように感じられた。