第2章 同業者/夢主は元お客様
イルミは無言のまま瞳を半分に細め、暗く高い天井を見上げていた。
数十分後には全ての事柄が終わるであろう。今出来ることは無駄な時間を使いそれを待つ事だけである。
身体に若干の重みを感じ、視線を向ける。先程の異常行動をしていた人間と同一人物とは思えない女が 腹部に頬杖をつきながらこちらを見下ろしていた。
「イルミがオンナの香水くさい」
「オレも仕事上がりだから。今日は夜のコたくさん来たし」
「営業だけじゃここまでの匂いはつかないよ。風俗かキャバでも行った?」
「かもね」
否定をする意味もないので適当に返事をする。女はにっこり微笑んでいるし、今ではその整った顔にすっかり血の気が戻っている。
いつの間に化粧を直したのか 肌も目元も口元も、透明感があり美しかった。外見だけで言えば 初めて客として自身の働くホストクラブを訪れた頃となんら変わっていないように見えた。
「えへへっ 久しぶりだねー」
「うん」
「メール見てくれた?最近指名たくさん貰えてて今日は5人もお客さん来たの!おかげでもう身体クっタクタ」
「おつかれ」
感動もなくそう返事を返し、頭の中でざっくり計算を立ててみる。
ソープであれば1回1.5時間としても7.5時間、 準備や片付けもある上に デスクワークとは訳が違うのだから細い身体の女にはかなりの重労働である。ただそんなことはイルミに関係ないし、気になるのはそれに付随する報酬の方。本題に入ろうかと女に黒い目を向けた。
「で、いくら貯まったの?」
「もう すぐお金の話?」
「オレがわざわざ何しに来てると思ってるの」
「………わかってるよ。」
女は刹那寂しそうな目を見せる。でもそれは錯覚かと思う程に一瞬で、すぐにその瞳に魅惑的な色を戻し 明るい声を出してくる。
「今日はね、イルミに会えるかもと思ったからなんとか口は死守したんだ。超大変だった」
「口抜きじゃ仕事にならないだろ」
「チューはしてない。ホントだよ」
「あ、そういう意味ね」
わかっていてその気持ちには 気付かぬフリをする。
本人は 嬉しそうに笑いながら 柔らかい頬を胸元に近付けてくる。片手はごく自然にイルミの黒いスーツの前ボタンにかかっており 無駄のない動作で静かにそこを外された。