第2章 同業者/夢主は元お客様
誰もいないしんと静かなエレベーターで上階へ向かい、目的の部屋の前に立った。
鍵すらかけられていない重い玄関ドアを開ける。絶対に寝てなどいないくせに部屋には照明すらつけられておらず、広い玄関も廊下も真っ暗である。尖る窮屈な靴を脱ぎ スリッパも履かずに部屋に上がり込むと、音もなく廊下を進み 暗いリビングに足を踏み入れた。
高層階であるから気にならないのか、そもそも人目を気にする余裕すらないのか、部屋のカーテンは開け放たれたままである。そこからはこの立地に恥じぬ煌びやかな夜景が覗いている。
こんなにも情景はスタイリッシュに整っているのに 広いリビングは相変わらず散らかったままで 服やバッグが散乱している。大きなダイニングテーブルの上には コンビニ弁当や菓子のゴミがありありと残っていた。
つんと漂うこの部屋の臭いは独特だ。食べ残しの食物とやたらと甘い化粧品、そこにほんのり風俗店独特の石鹸と消毒液の臭いが混ざる。
聞こえない程音量の下げられた大型テレビの画面だけが ぼうっと光る中、いるのかいないのかもわからないレベルに存在感のない家主は その細い身体を丸め 膝を抱えながらテレビに目を向けていた。
イルミは手にしていたコンビニのビニール袋をダイニングテーブルの隅に置く。カサリと微かな音が出ると同時に、病的なまでに白い顔をした女が思い切り振り返った。
「…………!!」
一心不乱、と表現すると正しいだろうか。
女はコンビニ袋めがけてバタバタ足音を出しながら向かってくる。少しメイクが乱れた大きな瞳は不気味に光り、その袋の中身を喉に通す事だけを求めている。
提供者であるイルミに許可も挨拶もなく、中からカップスイーツをひったくると 震える素手のまま中身を豪快に口にかきこんでいく。トロリと口端から零れる赤いフルーツソースが 顎先まで伝っていた。
食べる、とは言わない。
これは空っぽの精神に何かを“詰める”作業なのである。
あっという間に一つ目を終え 二つ目に手が伸びる。女はドロドロに汚れた指で蓋を開けようと必死になっていた。
「スプーンくらい使ったら?」
横からフタを開けてやりながら形式的に述べてみるが、当然返答などありはせず カップを乱暴に引ったくられただけだった。その虚ろな目は精神安定の為の材料しか見ていないし 他人の言葉なんか耳に届きすらしない。
