第2章 拝啓 愛しい君へ《前編》* 明智光秀
「ここへ来る前、美依に会いましてね。俺が帰って来るのを待っていたようで」
「……ほう」
「このような雪の日に外で待っていて、風邪など引かなかったか…若干気になっていただけですよ」
俺が敢えて率直に言えば、信長様は脇息にもたれて、まるで品定めするような目つきで俺を見る。
そして、何やら不敵な笑みを浮かべ…俺に『探り』を入れてきた。
「貴様は数日前、美依に文を寄越したな?」
「ええ、帰る日を伝える為に」
「本当に、それだけか」
「…と、言いますと?」
「美依は文を読んだ瞬間、頬を朱に染めて、逃げるように天主から出て行った。あれは…"恋する女"の顔だと一目瞭然だったからな」
(……やはり、予想通りだった訳か)
美依は想像した通りの反応を見せたらしい。
それを思えば、何だか愛しくてクスッと笑みが漏れる。
だが、まだ信長様に言う訳にはいかない。
美依の気持ちを聞いていないし…
もし報告するなら、恋仲になってからでいいだろう。
「さほど重要な事は書いていませんよ。では、俺は失礼致します」
俺は一回信長様に頭を下げ、立ち上がった。
そしてそのまま天主を出ようと足を進める。
早く美依の元に行ってやらねば、と。
若干気が急いでいると、信長様は『待て』と俺を呼び止めてきた。
振り返れば信長様は口元を弧にしながらも、至極真面目な口調で俺に言ってくる。
「貴様らの関係をどうこう言う気はないが…」
「……」
「美依はまだ俺の持ち物だ、それを忘れるな」
……これは軽い牽制なのかもしれない。
俺の女に手を出すなと、勿論信長様と美依は恋仲ではないけれど。
美依は本能寺で信長様に拾われた。
だから、美依は信長様の『所有物』で、それは間違ってはいない。
でも少なからず、美依は信長様のお気に入りだ。
手を出されるのは、やはり面白くないのかもしれない。
「────御意」
俺もいつものような作り笑いを浮かべ、そう一言だけ答えた。
信長様の持ち物でも、好きになってしまったものは仕方ない。
俺も男である。
好いた女は自分のものにしたいと言う欲求は、もはや本能なのだから。