第2章 拝啓 愛しい君へ《前編》* 明智光秀
すぐに話が出来ないのは俺も残念だが…
その分、後でゆっくり時間を取ってやれる。
手短に終わらせてはならないこと故に、やらなければならない事は早急に済ますのが得策だ。
「終わり次第、すぐに御殿へ向かう。だから、いい子で待っていろ」
「わ、解りました…襟巻、ありがとうございます」
「九兵衛、後は頼んだぞ」
「はい、お任せを」
一回美依の頭を撫で、ご機嫌を取ってやり。
そして俺は天主へ、九兵衛と美依は先に御殿へと向かった。
まさか、この俺が…
一人の小娘のために、御役目を『早く済ませたい』などと思う日が来るなんて。
泰平の世を作るため、俺にとって『御役目』と言うやつは、何者にも変えられない程重要で大切だった。
もちろん、それは今も変わらないが…
『大切なもの』が増えてしまった、それだけである。
(こんなに…"欲しい"と思ったのも初めてだな)
元々、自分の事は二の次だった。
欲しいものもなかったし、それは色恋も然り。
そんな俺が、初めて執着したもの。
それが、あの小娘だったから。
鮮やかに色付いた心の内。
それを認めるのは、とても容易かった。
それでも、どうこうなりたいとは思っていなかったが…
────美依があまりに可愛すぎて
あの様な文をしたためる事になったのだが
「……以上が、御報告の全てです」
「うむ、大儀であった」
天主で信長様と向かい合って座る。
そして、俺は視察で得た情報を、余すところなく信長様にご報告していた。
だが、特に謀反の動きもないし、国全体にも活気がある。
何の問題もなかったため、伝達事項は本当に少ない。
報告も早々終わってしまい、ちらりと天主の外を伺えば、降る雪が強くなっているような気がした。
美依はきちんと御殿に着いただろうか?
寒がっていないといいが…などと思いを馳せていると。
そんな俺を見た信長様が、ふっと息を吐くように笑い、少しばかり可笑しそうに言った。
「貴様にしては珍しいな、光秀」
「何の事でしょう」
「心ここに在らずだろう、何か考え事か」
……信長様はやはり鋭い。
些細な事も感じ取ってしまうあたり、侮れないと言うか誤魔化せないと言うか。