第7章 揺れるびいどろ、恋ノ花模様 * 織田信長
俺は馬を木に繋ぐと、傍で待つ美依の頬に手を当て、優しく撫でる。
そして、今宵の"決め事"を改めて美依に言って聞かせた。
「良いか、くれぐれも俺を"信長様"と呼ばぬように」
「はい、顔は知られていなくても…名前は知れ渡っているからですよね」
「そうだ、代わりになんと呼ぶか、試しに呼んでみろ」
「"信さん"」
「よし、上出来だ」
俺が笑みを向ければ、美依ははにかんだような可愛らしい顔になる。
そんな顔を見れば、また心がぢくりと疼いた。
曼珠沙華柄の黒い浴衣は、いつも淡い色を身にまとっている美依には新鮮で、少しだけ"大人の女"を感じさせる。
結い上げられた髪も、何となく粋な雰囲気だ。
しかし、笑顔はやはり屈託がなく愛らしい。
そんな少しちぐはぐな所が、返って美依の魅力を引き出していると言うか…
(美依は全てが愛らしく、愛しいのだが)
結局はその結論に至り、己の溺愛っぷりに内心苦笑しか出来ないのは確かである。
そんな事を思いながら、俺は懐から"ある物"を取り出し…
それを美依の髪に挿してやると、美依は目を丸く開いてそれに触れた。
「簪……?」
「ああ、珍しい"びいどろ"のな」
「びいどろ……」
「貴様に似合うだろうと、堺の街に出回っていた物を買い取った。びいどろの蜻蛉玉が付いた簪だ」
「わぁ…私、似合いますか?」
「ああ、よく似合う」
透き通った紅い蜻蛉玉に真鍮の飾りが垂れる、繊細な作りをしたそれは、視察に行った機に手に入れたものだ。
このように変わった素材の装飾品が出回るようになったのも、南蛮船が渡来してからである。
一度、金平糖の入ったびいどろ壺を、寄進された事もあった。
そのように移り変わる乱世で…
斬って捨ててきたものはたくさんあれど、こうして傍に置くべき者を作り、はたまた装飾品を贈るなど。
以前の俺では考えられない事だった。
美依が俺に温かさを思い出させたから。
自分自身が温かい人間だとはとても思えないけれど…
温もりの傍にいれば、それは移る。
物を贈られる事はあっても贈った事のない俺が、そうしてやろうと思えたのも、また変化の一つなのかもしれない。