第2章 拝啓 愛しい君へ《前編》* 明智光秀
「光秀様が御役目以外で、特定の女性を気に掛けるのは珍しいですね」
「ああ…そうかもしれないな」
「信長様へのご報告は後にして、先に美依様との御用を済ませては?」
「いや…美依との用事は長くなる、それに報告を後回しにするのは俺が許せない」
(そう、あっさり済ます訳にはいかない)
それは私情も入っているだろう。
美依がどんな態度を取るかで、それは随分変わってくるのだが。
それでも出来るだけ良い返事を聞きたい。
それならば、報告を先に済ませ…じっくり美依との時間を過ごすのがいいだろう。
俺の言葉に、九兵衛は察したのかもしれない。
『かしこまりました』とだけ、穏やかに答えた。
そのまま城門へと足を進めていく。
さすれば美依もこちらに気がつき…
俺の顔を見た瞬間、ぽっと頬を染めてみせた。
「光秀さん……っ」
「美依、俺の帰りを待っていてくれたのか?」
「は、はい…!」
「こんな寒い日に、わざわざ外で待っていなくてもいいだろう。…そんなに俺に早く逢いたかったのか?」
「……っ」
近くに寄って敢えて意地悪を言えば、美依はさらに顔を染めて押し黙る。
これは案外…脈ありかもしれないな?
文を読んで、どんな反応をしたのか…
きっとびっくりはしただろうが、喜んだか困ったか。
それは解らないが、この反応を見ていると、満更嫌ではなかったらしいと想像がついた。
俺がそっとその頬に指を這わせると、目を輝かせて見つめてくる美依。
その頬がやたらと冷たい、もしかしたらかなり前から待っていたのかもしれない、と。
そう思って、俺は苦笑しながら自分の襟巻きを外して、ふわりと美依の首に掛けてやった。
「これで少しは温かいだろう、俺は信長様に報告に向かう」
「あ、そ、そうですか…」
「九兵衛と共に、先に御殿へ行っていろ。お前が俺を待っていた理由など…一つしかないだろう?」
「……っ」
(本当に…この素直な反応は癖になるな)
思っている事がすぐに顔に出るのは、美依の美点だ。
きっと今は…若干『寂しい』と思っているに違いない。