第6章 エゴイズムな純情戀歌《後編》* 豊臣秀吉
(秀吉さん、か……)
あの夜の秀吉さんは、
私の知らない顔をしていた。
荒っぽくて、熱を孕んだ瞳をして、
『兄』としての余裕はなく…
『男の人』の顔だった。
あんな秀吉さんは初めてだった。
『美依……っ』
掠れる声で名前を呼ばれ、
焦がれるみたいな声色で。
あのまま女中さんの声がしなかったら、
私、秀吉さんと……
「うわぁぁ……っ」
堪らず、変な声が出る。
恥ずかしくて、顔から火が噴きそうだ。
なんで、こんなに恥ずかしいんだろ。
襲われて、普通なら嫌だとか怖かったとか。
そんなのあってもいい筈なのに。
自分で自分が解らない。
なんで、こんなに…私、
────秀吉さんが気になるのかな?
私は言われた通りに手鏡を覗いて見たけれど、答えなんて解らなかった。
でもそこには顔を真っ赤にした、困ったような、どこか嬉しそうな私が映っていて…
なんだか気持ちがふわふわして、まるで恋煩いのような心地さえ覚えたのだった。
*****
「美依、草団子買ってきたから食べるか?」
「えっ…夕餉食べたばっかりなのに」
「いいだろ、今夜は太っちゃうは無しな」
「もう……」
「茶を淹れてやる、待ってろ」
その日の夕餉も普通だった。
秀吉さんは私にご飯を食べさせ…
そして、当たり前のように甘味を用意している。
私は秀吉さんがお茶の支度をするのを見ながら…
どこかむず痒い、もどかしい気持ちを抱えていた。
(秀吉さん…あれからも普通なんだよね)
私に好きだと告白してからも、秀吉さんの態度は変わらない。
当たり前のように、私を甲斐甲斐しく世話をし、これっぽっちも動揺を見せない。
もしかして、秀吉さんは慣れてるのかな。
まあ、素敵な恋もたくさんしてきただろうと想像はつくけれど。
変に意識してるの、私だけ?
だって、好きとか言われたら気にするでしょう!
……でも逆に、私は何をしてほしいのかな。
秀吉さんに、何を求めてるんだろう。
また同じ事したいとか、もっと先に進みたいとか…
いやいや、それは絶対ないない!
ない…よね?
さっきから気持ちがぐるぐるして苦しい。
私ばっかり…こんな風に悩んで。