第5章 エゴイズムな純情戀歌《前編》* 豊臣秀吉
「じゃあ、これ頼んだぞ」
「かしこまりました」
俺は女中に萌葱色の寝間着を渡す。
そのまま思考を振り切るように、脱衣場を後にしようとした。
────その瞬間だった
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
(────…………!!)
その時響いた絶叫に、俺と女中は顔を見合わせた。
聞こえたのは、湯殿の方。
間違いなく、それは美依の声だった。
「美依……っ?!」
只事じゃないと瞬時に察した俺は、構わず走り、何の躊躇いもなく湯殿と脱衣場を隔てる戸を開けた。
そして中に入ってみれば…
湯気が立ち上る中、美依がその身体を小さく縮め、うずくまっているのが解った。
「美依、どうした?!」
「え、秀吉さんっ……?!」
俺の声に、美依は微かに顔を上げる。
その恐怖に怯えたような顔。
俺が身を屈め、思わずその細い肩を掴むと、美依はびくっと身体を震わせた。
「どうした、何があったんだ?!」
「こ、格子窓から、誰か覗いてるの…!」
(えっ…誰か覗いてるって……)
まさか、変質者の類いか。
でも美依を俺の御殿で預かっている事は、特定の奴しか知らないし…
通りすがりで、女が湯浴みをしていると解って覗いていたのか。
俺は再度立ち上がると、格子窓まで行って、木の格子の隙間から外を注意深く伺った。
すると……
「にゃーー……」
「……!」
二つの目が金色に光っているのが解り。
その小さな影は鳴き声を残して、一瞬にして消え去った。
足音立てずに行ってしまった、その『覗いていた何か』の存在に、俺はふーっと大きく息をつく。
すると、背中の後ろから美依に弱々しい声で名前を呼ばれ、俺はそのままの姿勢でそれに答えた。
「……猫だ、美依」
「えっ…」
「野良猫だろ、人間の目は光らないしな」
俺が苦笑しながら言えば、背後から安心したような溜息が聞こえる。
ものすごい悲鳴だったから、何事かと思ったが…
まぁ、猫の目も人間の目もパッと見は似ているし。
勘違いしても無理ないのかもしれない。
俺はそう思って胸を撫で下ろし、美依の方に振り返った。