第5章 エゴイズムな純情戀歌《前編》* 豊臣秀吉
────美依は妹、俺は兄なんだ
そう改めて思い直し、何気なく部屋の隅を見る。
すると、その隅に置かれていた『ある物』に目線が行き…
俺はすっかり忘れていた事を思い出して、ぽつりと呟いた。
「そうだ、美依に新しい寝間着を買ってきてやったんだっけ」
今日たまたま市で見つけたものだ。
淡い萌葱色で、白い花の柄で…
何となく美依に似合いそうだと、つい買ってしまったのだった。
せっかくなら、すぐに着て欲しいが…
たった今湯浴みに行ったばかりで、着替えたのをいちいちまた着替えさせるのも手間だし。
(……持って行ってやるか)
少し考え、俺はそれを手に取ると、風呂場に新しい寝間着を持って行ってやる事にした。
まだ行ったばかりで、少しくらい脱衣場を覗いても、まだ湯浴みから上がって来る事はないだろう。
女中もいるだろうから、渡してさっさと退散すればいい。
俺はその時、そう安直に考えていた。
だが───………
この行動が、とんでもない失態を招く事になる。
俺は割と自制心はある方だ。
そう思っていたのに、それは脆くも崩れ去り…
美依に『男』としての醜態を曝け出すことになるのだ。
*****
「おーい、入っても平気か?」
「あら、秀吉様!」
風呂場に着き、脱衣場の外から声を掛けると、女中がびっくりしたように戸を開ける。
中に入ってみれば、美依の姿はなく…
まだ湯浴みの最中だということが解り、ほっと胸を撫で下ろした。
「美依に新しい寝間着を持って来たんだ」
「あらあら、可愛らしい寝間着ですね」
「美依と誰か一緒に入ってるのか?」
「いえ、美依様はいつもお一人で入られますよ。何かあったら声を掛けてくださるはずなので」
(って事は、今美依一人なのか…)
思わず湯殿に繋がる戸に視線を送る。
あの戸の向こうでは、美依は湯浴みしてるのか。
……もちろん、裸だよなぁ。
そこまで考え、ハッと我に返った。
何を想像してるんだ、馬鹿じゃないのか。
女の裸を想像するとか、ガキじゃあるまいし。
我ながらほとほと呆れてしまう。
これは早々に退散した方が良さそうだ。