第5章 エゴイズムな純情戀歌《前編》* 豊臣秀吉
「美依様、湯殿の準備が出来ましたので…お湯をすぐに浴びられますか?」
(そうか、もうそんな時間か)
美依と楽しく飯を食っていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。
たわいない話をしたり、なんやかんや世話をしていると、いつまでもこうしてたいと思ってしまうくらいに。
俺は美依の頭をぽんと撫でると、そのまま優しく髪を梳くように指を滑らせ…
そして、いつものように『兄貴らしく』言葉を掛けた。
「美依、湯浴みしてくるか?」
「あ…う、うん」
「じゃあ膳は片付けておくから、行ってこい」
「は、はぁい……」
すると、美依は髪を梳かれながら、恥ずかしそうな、少しだけ潤んだ上目遣いをしてきて。
何だか、その困ったような顔に思わず心臓がトクリと音を立てる。
……なんて目、してるんだよ。
別に困らせるような事も、照れさせるような事もしていない。
頭を撫でるなんて、日常茶飯事だし。
なのに、そんな可愛い顔されると困る。
正直理性までぐらぐらしそうだが、それは表に出さずに、俺はそのまま美依を送り出した。
美依が部屋から居なくなって、膳を片付けながら…
俺は小さく溜息をついて、思わず額に手を当てる。
今日もまだ『大丈夫』だった。
その事実に、やたら安心している自分がいた。
(あいつが"女"に見えるなんて…言えねぇ)
最近の悩み、俺に付き纏う厄介な感情。
それは『美依が妹に見えなくなってきた』という事だ。
一緒に過ごすうちに、美依が前以上に可愛く思えてきて、その表情や仕草や…
それがいちいち、俺の心をくすぐる。
さっきみたいな"女"を感じさせる目線もそうだ。
理性までぐらつきそうなんて…
『過保護な兄』の感情ではないのは明白だ。
だが、しかし───………
美依は俺を信じて寝食を共にしている以上、その関係を崩す訳にもいくまい。
俺達に『それ以上』はない。
そんなのは解り切っている事だからだ。
このやましい感情、何とか捨てなければ。
そうしないと…いつか一生懸命張ってる『一線』を越えてしまう。