第21章 一世の契り * 帰蝶
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(……これで、良かったのだ)
窓から商館の外を見てみれば、美依が傘を差して歩いていく姿が見えた。
割と歩く姿はしっかりとしている、誰かに送らせるかと思っていたが……
あの分なら一人で帰ることは出来るだろう。
堺にはまだ秀吉達が滞在しているはずだ。
そして、あの娘の性格から、俺に会った事は決して口にはしないだろう。
そう、あれば雨に消される戯れだったのだから。
「湿気た顔、してんなァ」
まるで嘲笑うような声が聞こえ、微かに振り返れば、元就が紅い目を可笑しそうに細めて部屋に入ってきた。
そのまま歩いて俺に近づいてきて。
窓の外に視線を移した元就は、ますます嘲笑しながら言った。
「へえ…あの啼き声はお姫さんだったか。部屋の外まで響いて、近寄り難かったからな」
「……白々しい。娘を商館に入れたのはお前だろう」
「真っ青な顔して単身で乗り込んできたから、どんな面白ぇことが起こるかと思ってな」
「……」
「だが、その憔悴した顔。喰われたのはどっちだ、帰蝶?」
「……下世話な詮索をするな」
(俺は、憔悴などしていない)
外套を翻し、俺はそのまま部屋を後にする。
もう美依の姿を見るのは止めた。
いくら後ろ姿を見送ろうが、それは無意味なこと。
あれだけめちゃくちゃに傷つけた、もう美依は俺を嫌いになっただろう。
それが、目的の契りだったのだから。
傷つけ嫌いにさせて、もう二度とこのような事がないように学ばせる。
そう、そこに感情などないのだから。
俺の想いは芽吹くも花は咲かない。
ただ蕾のまま、俺の心に残り続ける。
それでいい、花が咲こうものなら、それはすなわち……
美依を闇に落とす事に相違ないのだから。
────そう、美依とは"何も無かった"
「……」
そっと指で唇に触れれば、あの柔い温もりを未だ思い出した。
だが、それはすぐに消えるだろう。
女に構う暇はない、やるべき使命があるから。
乱世を続けるため、命が尊ばれる世を作るため。
俺は止まれない、止まることなど出来はしない。
俺はあの温かさを振り切るように、手を握りしめた。
外に降り頻る雨が、また俺の中に響いて……
再び空っぽになった心に、深く染み込んだ。