第21章 一世の契り * 帰蝶
「刻め、美依……っ」
「あ、ぁっ…帰蝶、さんっ……!」
「たった一時でも、触れ合えた事を……」
「お前の中に、俺を残せ……!」
(────そうか、桜の花だ)
お前の肌に付けた所有痕の華。
それは先の世に飛ばされた時に、唯一美しいと思った桜の花に似ているのだ。
先の世に絶望した時。
見上げた蒼い空に、薄紅の桜が見事に咲いていて。
儚く散りゆくそれらは、酷く美しく……
ああ、これだけはいつの時代も変わらないと思ったものだった。
白磁の肌に咲いた華。
それはいつしか消えて無くなるだろう。
でも、再び咲かせることは叶わない。
今が最後、二度目はないのだから。
だから、心の中で言わせてくれ。
決してお前には伝えない言葉を。
でも、未消化のままでは苦しいから。
その気持ちは、俺が散る時まで持っていく。
─────お前を愛している
お前は俺の……今世最後の女だ。
*****
「………」
ザァァァァ……
目が覚めた時、まだ雨は止んでいなかった。
そして……私を抱いた人もいなかった。
上半身を起こせば、裸の体の上から毛布が滑り落ちて……
ひどく気怠いその体には、たくさんの赤い痕が残っていた。
「帰蝶さん……」
『────逃げないで、くれ』
「帰蝶さん……っ」
あの萌葱色が燃えていた。
私を抱いていた時は…炎が灯っていた。
少しはあの人の心を掠めたのだろうか。
もう……聞く術もないけれど。
「うっ…ううっ……」
涙がこぼれ落ちる。
拭ってくれる人はいない、あの骨張った綺麗な指で拭ってくれたらどんなにいいか。
酷い事をされたのに、やっぱり私はあの人を嫌いになれない。
むしろ……もっと好きになってしまった。
あの人は私を傷つける時すら、優しかった。
『痛いなら言え』と……
あの時には相応しくないくらい。
『美依……っ』
私を求めてくれたと自惚れるのは勝手だよね?
帰蝶さん、私は逃げません。
だから……いつか分かり合えますように。
誰もいない暗い部屋の中で、私はひとしきり泣いた。
まだ火照りの残る体が切なくて……
何度も何度も、愛しい人の名を呼んだ。