第21章 一世の契り * 帰蝶
そして……
お前は俺を解らなくていい。
『こちら側』に理解を示せば、お前は居場所を失ってしまう。
お前は守られ、傷つかぬように生きるべきだ。
何故、そう思うかは解らないけれど……
少なくとも、俺を知ればお前は傷つくだろう。
俺は傷つくお前を見たくはない。
「……帰れ」
「っ……」
俺の一言に、美依の顔が苦しそうに歪む。
商館の外は酷い雨、そんな中帰すのは忍びないが……
それでも『帰った方が良い』と判断したからそう言う迄だ。
だが、美依は食い下がる。
背を向けた俺の前へやってきて、そして俺の腕を掴んだ。
「嫌、嫌です……!」
「……」
「わ、私、は…あなたが……!」
(それ以上は言うな、美依)
その先の言葉を悟り、思わず牽制するように睨む。
だが俺の心とは裏腹、美依はその桜色の唇を開いた。
その先を言えば、戻れなくなると知っていてか。
お前は…聡い娘だと思っていたのに。
瞬間、一雫美依の頬に涙が伝う。
あまりに綺麗なそれは灯りを反射して輝いて。
ただの水の筈なのに、俺の視線を釘付けにさせた。
「帰蝶さんが、好きです……!」
「っ……」
また戯言を口にするのか。
その言葉を初めて聞いたのは、忘れもしない半月前の事だ。
聞いた時は、タチの悪い冗談だと思ったが。
頬を微かに染め、恥ずかしそうに目を逸らしてそう言った美依の姿に……
それは本音なのだと、確信したものだ。
────本当に、愚かな娘だ
愚かで、優しく純粋で尊くて。
何故、出会ってしまったのか。
本来ならば、決して交わる事のない俺達の生きる道だ。
俺は乱世で生まれ、お前は遥か未来に生を受けた。
そして……敵同士、だろう?
お前の言葉は俺の心に、矢のように刺さる。
女に好かれた事は、山ほどあった。
その中には、成り行きで抱いた女も居た。
しかし、お前はそんな類の女ではない。
決して傷ついたり、汚れてはいけない娘だ。
なのに、何故俺を好きだと言う?
(────運命など、考えた事も無かったのに)
その時、心の中で音がした。
何かが外れるような、そんな音。
そして湧き上がってきたのは、激しい熱情。
それは燃え上がって、俺自身を覆い尽くした。