第20章 君色恋模様《後編》* 真田幸村
「あ……っ」
「無視すんじゃねー」
「幸村、なんで……っ」
「お前を追ってきたに決まってんだろ。佐助から詳しく話は聞いてる」
「っ……」
美依は俺にすっぽりと背中から包まれ、それでも抵抗するようにそっぽを向いている。
若干尖った唇が、微かに震えていて……
ああ、よっぽど機嫌を損ねているな、と。
そんな拗ねた顔も可愛いと思ったが、とにかく誤解を解くのが先だと、俺は単刀直入に話を切り出した。
「あいつ…紗英って言うんだけど、昔の知り合いで、信玄様の事が好きな女でさ」
「え……?」
「田舎に帰ってたんだけど、最近こっちに戻ってきたらしい。俺、昔からあいつの悩み相談乗ってて」
「……」
「信玄様も罪な御方だよな、紗英は…信玄様を忘れられないって泣いてた」
それは全部本当の事で、嘘はひとつもない。
用があって城下に出たら、たまたま紗英と出くわし、久しぶりに茶でもしようと茶屋に入ったこと。
昔話に花を咲かせ、俺はただ昔の知り合いに会って…懐かしいとそれしか考えてなかったこと。
そんな軽率な態度が、誤解を生んだこと。
それをひとつひとつゆっくり美依に話せば、美依は腕の中で静かに聞いていて……
俺はその温もりを噛み締めながらも、火種を作ったのは己だと、今回ばかりは素直に謝った。
「だから、お前が疑うような事は何もねーよ。ただ祝言前に女と会ってれば、そりゃ誤解されるよな。……悪かった」
「じゃあ、なんで今日は朝から居なかったの…?」
「それは……」
「……あの人に会うため?」
(うーん、いまいち信用してねーって事か)
城下に朝から行っていたのは、頼み事をしていた商人に会うためだったのだが。
出来れば、それは祝言当日まで秘密にしていたかった。
びっくりして泣いて喜ぶ美依が見たかったからだ。
だが……こうなった以上、変に隠せば美依はますます疑うだろう。
この際、隠し事は一切しない方がいい。
俺は片腕で美依を抱き締めながら、反対の手で自分の懐をまさぐる。
そして、例の木箱を取り出すと……
美依の手の上に、優しく置いた。