第19章 君色恋模様《前編》 * 真田幸村
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「そっか、お前も色々あったんだな」
席に座って少し経つと甘味と茶が運ばれてきて、俺は茶を一口飲む。
紗英の事情を一通り聞き、小さく息をついた。
確かに俺と信玄様と紗英と、ちょっとあったからな。
故郷に帰ると知り、出来れば誰かと幸せになってほしいと思ってはいた。
紗英は草団子を食べながら、どこか懐かしむように目を細めていたけれど……
やがて俺の顔を覗き込み、ふふっと悪戯っぽく笑った。
「幸はもうすぐ祝言だって?」
「な、なんで知ってんだよ」
「町中がその話題で持ち切りだったからさー、真田様が妻を迎えるって。あの幸が?って信じられなかったわ」
「うるせー」
思わず火照った顔を逸らせば、紗英は『赤くなってるー』と揶揄うように言う。
俺だって、嫁を娶るなんて昔じゃ考えられなかった。
女は最初から苦手だったのに、信玄様に女遊びに付き合わされて、余計に苦手は加速した。
それでも……美依に惹かれたから。
こいつなら一生添い遂げたいと思った。
"これ"を準備したのもその証だし…と、懐にある木箱の存在を確かめる。
きっと祝言で、美依を輝かせるだろう。
そんな風に思っていると……
今の今まで明るくしていた紗英が、静かに目を伏せた。
それはどこか翳りを帯びた表情で。
一体急にどうしたのだろうと気になって、俺は紗英に問いかけた。
「紗英、どうした?」
「いや…みんな変わっていくんだなって。あの幸がお嫁さん貰ったり…信玄様も変わったんだろうな」
「それはお前もだろ。誰かいい奴は出来たか?」
「……私は」
すると、伏せられたまつ毛が濡れたのが解って。
それが雫となって溢れた時……
紗英は少し苦しそうに、ぽつりと言った。
「────まだ、忘れられないから」
「え……?」
彼女の口の動きを読んで伝えてくれた佐助君の言葉に、私は思わず目を見開いた。
よく見れば、女の人は涙を流している。
そんな様子に、私の心はさざ波が起きた。
『忘れられないから』って……
まさか幸村の事を言っているの?
もしかして……昔付き合っていた彼女なの?