第16章 太陽と月の恋人《前編》* 秀吉、光秀
こうして"最後の日"は、まるで泡沫の蜜夢のように儚く過ぎていった。
それが夢で終わらせたくないと、本気で願っても……
愛しい女はするりと腕の中をすり抜け、交わした三人での約束がかんじがらめに俺を縛るのだった。
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────そして、約束の満月の夜
始まりは月のない、朔の日だった。
今宵は真ん丸な月が、濃紺の夜空に浮かんでいて…
まるで見守るように、煌々と輝いている。
美依の部屋に集合する予定だった秀吉と光秀、光秀が部屋を訪れてみると……
先に秀吉が来ていて、廊下で待機しているような様子で立っていた。
光秀に気がついた秀吉は、光秀の周りに視線を泳がせる。
そんな秀吉に、光秀は変だなと思い訝しげに尋ねた。
「……何を探している」
「……美依、一緒じゃないんだな」
「小娘とは今朝方逢瀬から帰ってきて、とっくに別れた。俺とてそのくらいの分別はある」
「じゃあ、どこ行ったんだ……」
「美依は居ないのか?」
「ああ、部屋には居ない。だからてっきりまだお前と一緒なのかと思ってた」
約束の刻より少し前に部屋を訪れた秀吉。
美依の姿がどこにもないので、光秀が美依を離していないのではないか…と若干怒りを覚えたが。
だが、光秀も来てみれば一人だ。
そして、美依は約束を違えるような女ではないし……
一体、どこへ行ってしまったのだろう。
秀吉が小さく溜め息をつくと、光秀も壁に寄りかかって腕を組む。
そのまま同じように溜め息をつき…再度秀吉に向かって口を開いた。
「今朝は部屋までは送らず、城下の途中で別れたんだがな。一人で考えたいから、少し寄り道をすると言っていた」
「つまり、寄り道から帰ってない?」
「美依が逃げるとは思えない。よっぽど何か理由がない限り、約束は守るはずだ」
「だとすると……」
二人は顔を見合わせる。
美依は律儀な女故に、二人を放り出して逃げるなんて事はしないだろう。
なら『約束を守れない』理由があるのだ。
例えば、部屋に帰って来れない状況になっているとか……
二人揃って同じ事を考えていると、急に廊下の奥から誰かが走ってくるような音が響いてきた。