第16章 太陽と月の恋人《前編》* 秀吉、光秀
「光秀さん、お待たせしました……!」
廊下で待っていると、支度を終えた美依が申し訳なさそうに障子を開けて顔を出す。
俺はそんな美依の様子を見て……
くすっと苦笑し、いつものように意地悪く言った。
「いつもはいい子に俺が来るのを待っているくせに、今日は部屋にいないから逃げられたかと思ったぞ」
「す、すみません……」
「謝らなくていい、全て察している」
「光秀さん……」
(秀吉が離したがらなかったのだろう?)
目を瞠る美依に、心の中だけで問いかける。
昨夜は閨事を伺いには行かなかったが、あいつが自分の御殿に連れて行く事は予想していたし……
また、離すのを拒んだのも想像がつく。
"秀吉の日"は昨日で終わりだ、これで美依が俺を選べば……秀吉は二度と美依を抱けない。
それを思えば離し難いのはよく解る。
だが、美依が今ここに居ると言う事は、あいつらしく律儀に約束を守ったからかもしれない。
俺だったら…繋いででも離さないがな?
美依が帰ってくるのを待ち、そして支度が整うのを待っていたら、もう昼時になってしまった。
秀吉のせいで一日の半分潰れた訳だから、"俺の日"はその分伸ばす。
そうしないと平等ではない、だから俺の時は明日の昼まである事になる訳だ。
俺は美依を軽く抱き締め、その頭のてっぺんに口づける。
さあ……恋人の時間の始まりだ。
「────行くとするか、美依」
「はいっ……」
美依は頬を染めながら優しく笑った。
他の男に抱かれているのに…何も知らないような純粋な笑顔だった。
俺達はそのまま遠乗りに出かけた。
たまには安土から離れ、違う空気を吸うのもいい。
花畑に寄ったり、湖で休憩したり……
一緒に馬を走らせるのも愉しいもので、気がつけばあっという間に日は暮れてしまった。
しかし、今宵は近場に宿を取ってある。
最後こそは、秀吉に立ち聞きされることもなく、思いっきり愛したいと思ったからだ。
もう、今宵で終いになるかもしれない。
だったら誰にも気兼ねせずに、美依だけを感じていたい。
体に残る昨夜の秀吉の"記憶"も消したいから。
そんな独占欲がまた己を支配し、また俺を高ぶらせていく。