第15章 日華姫ーあの子の誕生日ー * 徳川家康
「……あんたは逃げる必要ないから」
「で、でも……」
「逃げたのは俺のせいだよね、ごめん」
「あ、謝るような事、したの……?」
(不安でいっぱいって顔だな)
いつもは怖いくらい澄んでいるその瞳が、今日は泣きそうに翳っている。
どのくらい不安を感じていたのだろう、どれだけ寂しく思い、それを言えずに我慢してたのだろう。
それを思えば、ひどく心が軋んだ。
美依にこんな顔をさせているのは自分なのだと……すごくすごくやるせない。
俺はそのままふわりと美依を抱き締める。
小さな体の温もりは俺をやたらと安心させ、今日までの全てがこの子の為にあるのだと。
改めて実感して、また愛おしさが溢れた。
「謝ってるのは、あんたを誤解させて不安にさせた事」
「誤解……?」
「さっきの呉服屋の子は、俺が世話になった店主の娘で、あんたが不安がるような関係じゃないから」
「っ……」
「どうしても毎日呉服屋に行かなきゃいけない諸用があって。でもそれももう終わったし、やっとあんたに話せるよ」
「何を話すの……?」
「御殿でちゃんと説明するから、帰るよ」
俺は一回美依の額に唇を軽く押し当て、その小さな手を握って優しく引く。
美依は俺に手を引かれながら、少し後ろを大人しく付いてきて……
ぐすっと鼻をすすった音がしたから、ああ泣くほど不安だったのかと、俺は美依を構ってやれなかった日々に若干後悔を覚えた。
(もっと器用に立ち回れたら良かったのに)
今まで、これほど人を愛した経験は無い。
勿論気になる相手や、そんなのは居たかもしれないけれど……
元々自分の力でのし上がる為、平和な世を築く為に、がむしゃらに生きてきた。
故に、色恋にかまける時間は無いに等しく。
幸せなど望まなかったし…誰かと寄り添う未来などは描こうともしなかったから。
俺はその辺りの経験値が、圧倒的に低いのかもしれない。
戦なら政務なら、もっと上手くやれるのだろう、だが人を幸せにするのはそのどれよりも難しい。
美依が大切だから。
誰よりも愛しているから。
この子を笑顔にしたいのに───………
俺はどうして、この子を泣かせてしまうんだろう。