第15章 日華姫ーあの子の誕生日ー * 徳川家康
「ほら行くよ、あんた眠そうだから」
俺は話題を打ち切り、美依の手を取って自室へと歩き始めた。
この子は変なところで聡い、あまり話題を長引かせれば気がついてしまうかもしれない。
それはさすがに格好つかないだろ。
俺がゆっくり廊下を歩いていると、美依は半歩後ろから大人しく付いてくる。
無言の美依、俺はそれを特に気にも止めなかった。
────だが、この時俺は
気付いてやるべきだったのだ
美依が何を思い、帰りの遅い俺を出迎えてくれていたのか。
聞き分けの良い美依が心の中に溜め込み、俺に言えない感情がある事を。
何故俺は……もっと美依を察してやれなかったのだろう。
「……ねえ、家康」
「なに?」
「ううん……なんでもない」
気付く機会は、いくらでもあったはずなのに。
俺は美依を誕生日に喜ばせる、その一点しか見えていなかった。
それが原因で、美依を不安にさせているなんて……
その時の俺は、知る由もなかった。
*****
「────家康、ちょっといいか」
それからまた数日経ち、美依の誕生日を明日に控えたその日。
安土城の廊下で誰かに呼び止められ、振り返ったらそこには険しい顔をした秀吉さんが立っていた。
この人のこういう表情を見る時は、大体怒っているか心配しているか……
俺が何か仕出かしただろうかと思っていれば、秀吉さんはとても言いにくそうに口を開く。
「あーなんだ、答えたくなかったら答えなくていいんだが」
「……はい」
「お前、美依以外に恋仲の相手が出来たのか」
「……は?」
(何を訳の解んない事を言ってるんだ、この人)
いきなりの発言に思わず面食らってしまった。
つい目と口が開いたまま固まる。
美依以外に恋仲の相手が出来たのかって……そんな事は天地がひっくり返っても有り得ない。
何を思って、そんな事を聞くのだろうか。
俺は思わず不機嫌そうに眉を顰めると、秀吉さんに向かってその答えを完結に答えた。