第15章 日華姫ーあの子の誕生日ー * 徳川家康
「ただ着物を贈るだけでは、面白みに欠けるでしょう。せっかくのお誕生日でしたら、こんなのはいかがですか?」
────それが、すべての始まりだった
ただあの子を心から喜ばせたいと、俺は店主の提案に乗ることにしたのだ。
年に一回しかない、大切な日。
その日に、あの子の太陽みたいな笑顔が見たいと、それだけを思って、俺が密かに始めた『贈り物作戦』。
それは上手くいくと信じて疑わなかったのだけれど……
俺はやはり器用な性格ではないと、改めて思い知る。
そんな夏のある一日。
あの子の誕生日まで、あと十日に迫った日の事だった。
*****
「家康、おかえりなさい!」
それから数日後。
いつものように帰りが夜遅くなった俺を、玄関先で美依が出迎えてくれた。
俺が玄関を開けるや否や、可愛らしい笑顔を向けてくる美依。
だが、時刻はもう子の刻に差し掛かる。
起きて待っていなくてもいいのに。
俺は美依の頬に指を滑らせると、いつものように淡々と言葉を紡いだ。
「ただいま。遅くなるから寝てていいって言ったのに」
「大丈夫、私も仕事が残ってたから起きてただけだし」
「……嘘、眠いの我慢してたんでしょ。目元、赤くなってる」
「あ……」
俺がそっと目の縁を撫でれば、美依は少しだけ瞳を輝かせる。
眠いなら寝ていればいいのに待ってるとか…
本当に健気で、こんな刻でももっと甘やかしたくなるから困ったものだ。
すると、美依は俺に触れられながら少しだけ首を傾げて、ぽつりと当たり前の質問をしてきた。
「最近毎日遅いよね、そんなに忙しいの?」
「……まあね、公務以外にもやる事がたくさんあって」
「そっかぁ……」
(……誕生日の準備をしてるなんて、それは絶対に言えない)
呉服屋の女店主の『提案』は、俺の知っている知識ではどうにもならない事だった。
それ故に、毎日呉服屋に通っては『作業』を繰り返す日々。
だから毎日帰りが遅くなる、思ったよりも手こずっているのもあって。
だが、そんな事は美依には言えない。
言ってしまったら、誕生日の喜びが半減してしまうから。
それだけは避けたい、大切な日にこの子を笑顔にすると決めたから。