第12章 愛逢月の秘蜜《前編》* 政宗、家康
────美依が廊下から去って
政宗は家康の首から腕を離すと、美依の逃げた方向を見ながら愛しげに目を細めた。
そんな政宗を見ながら、家康はため息をつく。
そして苦言を呈するように、静かだが凄みのある声色で言った。
「政宗さん、抜け駆けは禁止って約束しましたよね?」
「お前だって、手を出そうとしてただろ?」
「あんたはすでに手を出した後じゃないですか」
「悪いな、俺は気に入ったやつには積極的に触れる性なんだ」
口角をにやりと上げる政宗を見て、家康は頭が痛そうにまた息を吐く。
いつだったか、お互いに美依を好きだと解り、正々堂々恋敵として戦おうと。
それを約束したはずだった。
だが───………
政宗はあの夜、美依と関係をもったのだろうと、美依の反応からすぐに解った。
酔った勢いで躰を重ねたか。
あの挙動不審っぷりは、それが事実だと物語っているようだった。
だが、過去は塗り替えられない。
ならば……それを上書きするのみ。
そう思って美依に踏み込めば、案の定邪魔してきた。
どこが"正々堂々"で、"抜け駆け禁止"の約束はどこに行ってしまったのか。
家康はそれを思うと、また頭痛がするような気がした。
「とにかく、手を出されたと解ったなら、こっちも遠慮はしませんから」
「はなから遠慮する気なんかなかっただろ?」
「当たり前、絶対渡したくないんで」
「かかって来いよ、負けねぇけどな」
視線が絡み合い、火花を散らす。
どこか余裕の政宗、真剣な表情の家康。
そして美依、この三角形の関係。
それは美依の心の向き次第でどうとも転ぶ。
そんなあやふやな立ち位置にいる。
だが、この後。
それが意外な方向に転がる転機が訪れる。
美依に降りかかった"ある事件"をきっかけに、それは大きく動き出すのだが───………
その時は政宗も家康も美依も。
まだ、誰も知る由もなかった。
*****