第11章 黒と蜜、紅と熱 * 信玄END
『俺は美依を愛していた。
……正確には愛していたと思っていた。
だが、それは違ったのだと、
その真実に気づいた己がいる。
美依に対して抱いていた感情。
それは愛ではなく"執着"であると。
初めて愛しいと思った存在で、
傍に置きたいと思ったのは愛だった。
だが───………
心が手に入らない現実に、
俺は躍起になって抗っていた。
俺は誰かを力づくで言う事を聞かす、
その方法しか知らん。
美依の心も同じやり方しか
手に入れる方法は解らなかった。
美依は玩具ではないのに、
はたから見たらそのように扱った。
手に入らないのは当然だろう。
俺は、ただ怖かった。
美依が傍を離れる事を、
ただただ恐怖に感じていた。
だがあの日、美依の本音を聞き
心に感情が降りてきたのだ。
相手の幸せを一番に考えてやるのが、
本当の愛だと。
手に入れるばかりではなく……
手放すのも"愛"だと言うことを。
思えば、美依は笑わなくなった。
いつからか笑顔は失われた。
美依がまた愛らしく笑うのなら…
手元を離れるのが一番良いのだと、
当たり前のように思えたのだ。
今、美依は笑っているだろうか。
可能であれば、これだけは伝えてくれ。
────想ってくれて、ありがとうと。
また安土に来るといい。
その時は、饗(もてな)してやる。
どうか、美依を宜しく頼む。
あの笑顔を絶やさぬように、
貴様が、愛を注いでやってくれ。
織田信長』
(────空が、蒼いな)
この澄んだ青空の下。
あの男も同じように思っているだろうか。
お前は…やはり純粋な男だった。
『見送る愛』を悟れる男は器が大きいと思う。
俺はそれが出来ずに仕掛けた男だからな。
再度視線を美依に向けたら、美依はもう寂しそうな顔はしていなかった。
微かに口元に笑みを浮かべ、そして──……
たった一雫、
優しい涙を流した。