第11章 黒と蜜、紅と熱 * 信玄END
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「信玄様、呼びましたか?」
美依と共に躑躅ヶ崎館に帰ってきてひと月。
自室で文を読んでいた俺は、女中に頼み、庭にいる美依を呼び寄せた。
障子を開け、きらきらした笑顔を覗かせた美依。
俺が手招きすると、美依は少し小走りで近寄ってきて、俺の前にちょこんと座った。
「君は小動物みたいだな、そうやってちょこまか動くあたりが」
「もう…そんな事を言うために呼んだんですか?」
「違うよ、信長から文が来ていてな」
「……っ信長様から?!」
(……未だにこの反応か、妬けるなー)
びっくりとはまた違う、どこか期待混じりの声と表情。
美依が心変わりするとは思っていないけれど……
それでも、その心が微かにでも違う男に向いているのは、少しばかり癪というものだ。
俺は少し苦笑しながらも、その文を美依の小さな手に手渡してやる。
さすれば美依は文字に吸い寄せられるように、その文を読み始め……
やがて、驚いたように目を見開いた。
「信玄様、これ………」
「んー、どうした?」
「私には聞かせたくない話って書いてありますけど……」
「だが、君も読んだ方が納得するだろ?」
「そりゃ、そうですけどっ……」
少し切なげに視線を下に向けた美依。
どこかやるせないといった表情に、俺は敢えて美依から視線を逸らして窓の外の青い空を見る。
信長からの手紙には、こう書かれていた。
もうすぐ肩の傷が完治すること。
そして、美依が誰にも言わずに甲斐へ行ってしまった事で、豊臣秀吉やら伊達政宗やら安土の連中は困惑し、それをなだめるのが大変だったこと。
まあ、それは当然だ。
信長と美依は相思相愛だと疑わなかったのだろうから……
美依が俺と甲斐へ行き、信長が怪我を負わされて帰ってきたとなれば、挙兵されてもおかしくはなかったと思う。
そして───………
『美依には聞かせたくないのだが』と前置きを置いた後に、信長の『本音』が書かれてあったのだ。