第11章 黒と蜜、紅と熱 * 信玄END
「信長、様っ……!」
俺の背中の後ろから、小さな身体が飛び出してきた。
びっくりする間もなく、美依は自分の袖を切り裂き、信長をてきぱきと手当てし始める。
医療の知恵があったのか、知らなかったな。
そんな事を思っていれば、美依は鮮やかな手つきで信長の傷を塞ぎ、やがて───………
一通り手当てが終わると、血がついたその手で信長の両頬を包み込み震えた声を上げた。
「私が居なくなったくらいで、なんて目をしてるんですか…!貴方はもっと強い御方でしょう……?!」
「美依……」
「でも、解ってます。貴方がそんな翳った目をする理由。私が、ハッキリ貴方に答えないからだって」
「っ……」
すると、美依は地面に膝を付く信長の頭をふわりと胸の中に掻き抱く。
二人の姿が朝焼けに染まり、輪郭が白く光って。
────どこか近寄れない空気に息を飲む
「ごめんなさい、信長様。私、貴方を愛せません」
「……」
「私は信玄様を愛しています。でも貴方は私に愛を注いでくれた、貴方の事が…大好きでした」
「……っ」
「寂しい瞳の貴方を癒してあげられなかったのは後悔が残るけど…私は自分に正直でいたい。貴方がくれた想いを持って、信玄様と甲斐に行きます。貴方はずっと私の大切な人です。今までありがとう、貴方から受けた愛を私は忘れません」
(美依………)
それが、君の出した答えなのか。
この男を忘れる訳でもなく、傷つけられた事を責める訳でもなく。
今まで受けた『一方的な愛』は『大切な思い出』として抱えて生きていくと。
美依は信長の想いを無下にはせず、全て受け入れ甲斐に行くと言うのか。
随分、甘いと言えば甘っちょろい。
でも───………
きっと信長と美依の間にも確かに絆はあったのだ。
閨でも信長を案じていた美依。
そして、信長も単身で美依をここまで探しに来た。
この子から信長を忘れさせるなんて……それは無理な話だったのだ。
「………美依」
信長は落ち着いた声色で名を呼び、そして姫の胸元から顔を上げた。
その瞳は赤い、穏やかな炎を宿していて……
さっきのように虚ろに揺れてはいない。