第11章 黒と蜜、紅と熱 * 信玄END
「じゃあ、行くか」
「……はい」
それから間もなくして、俺達は宿を出た。
空を見上げれば、まだ若干明るみ始めたと言う所だろうか。
白み始めた空が、朝焼けで少し赤くなっている。
まだまだ時は早いし、この場所は城下の外れにある宿で、そう簡単には見つからないだろう。
そんな風に思っていたのだが……
俺は信長を少しだけ甘く見ていたようだ。
馬を休ませている場所を説明し、そこまで美依の手を引こうと小さなそれを掴もうとした。
その刹那だった。
「美依……っっ!!」
(────…………!)
突然、名を呼ぶ切り裂くような鋭い声。
反射的に美依と二人でそちらに振り向けば、今一番会いたくない人物が、目の前にある小川の対岸から走って横切ってくるのが見えた。
第六天魔王、織田信長。
まさか…こんな所にまで探しに来るなんて。
じりっと心に炎が燻る。
すぐさま刀を抜き、斬り掛かりたい衝動に駆られたが、それを何とか押し込めた。
「信長、様っ……」
美依を見れば、その瞳は切なげに揺れている。
やっぱり予想した通りだ、このまま会わせれば…必ず美依は決心が揺らぐ。
二人を会わせては駄目だ、絶対に。
俺は美依の手首を掴み、己の背中の後ろに美依を引き込んだ。
この子は小さい、だからこれで信長の姿は一切見えないだろう。
やはり、最後の決着は避けられないらしい。
そうしている間に、信長は走って俺達の目の前までやってきた。
その紅い瞳を…迷い子のように翳らせて。
「信玄……」
「信長、久しいな。和睦締結の時以来か?」
「貴様…美依と一夜を共にしたのか」
「無粋な詮索はやめろ。お前に何の権利がある?たかが痕一つで、彼女を酷く傷つけたお前に…とやかく言われる筋合いはない」
敢えて笑みを浮かべて言ってやれば、信長は怒りを露わにして、刀の柄に手を掛ける。
本来なら怒る権利すらないんだがな?
自分で傷つけたから逃げられたのだろう、自業自得じゃないか。
……だが、こんな信長の目は初めて見る。
『恐怖』に怯える、まさに迷い子のような目。
そんなに美依を失うのが怖いのか。
そんなに怖がるくらいなら…何故真っ当に愛してやれない?