第10章 黒と蜜、紅と熱 * 信長END
「でも信長様、私は……!」
「────美依」
「は、はいっ…」
「碁盤と碁石を用意する。最後の囲碁勝負をするぞ」
「へ?」
だが言葉を遮って話を持ちかければ、今度は目を丸くさせる美依。
俺はそんな美依を一旦その場に残し、天主の奥から碁盤と碁石を持ってくると、二人の間にそれを置いた。
さすれば、美依は戸惑ったような表情になり…
俺にその疑問を投げかけてきた。
「囲碁勝負って……」
「貴様の躰を全て奪ってしまってからは、勝負をしておらん。だから賭けの続きだ、美依」
「で、でももう全て奪われてしまって…」
「まだ、残っているだろう?」
「え……?」
「心はまだ奪えていない。俺が勝ったら、今度こそ全てを差し出せ。心も躰も」
躰を全て奪った俺は、一旦はそれで満足した。
躰を好くしてやれば…心はすぐに絆せると思い、勝負を止めた。
だが、頑なに心は動かなかった。
どんなに躰を好くしてやっても、俺を『愛している』とは言わなかった。
俺は、これしかやり方を知らない。
美依が心を差し出してくれるなら、力づくでも奪ってしまいたい。
美依が信玄を好きなら…尚更。
すると、美依は俺を静かに見つめ、やがて居住まいを正した。
そして、また真っ直ぐな瞳で俺を見据える。
「解りました。その勝負、受けます」
「俺は手加減はしない、全力で挑め」
「はい」
いつもの様に黒が俺、白が美依。
それは暗黙の了解で、そのまま囲碁勝負が始まった。
先手は俺、それもいつの間にか決まっていて、俺はいつものように黒い碁石を先に置く。
さすれば美依もそれを見て、白い碁石を攻める位置に打ってきた。
最初は攻められっぱなしだったのに…
際どい場所を攻めたり、美依も囲碁の腕が上達したと思う。
(よくよく考えれば……俺は)
美依を攻めて攻めて、碁盤を真っ黒にした気になっていたが、実際は違ったのではないか?
美依を手に入れたつもりで……
本当は美依に全てを奪われていたのではないか。
そんな仮説が立って思いを馳せる。
さすれば、これまで美依と繰り返してきた日々が鮮明に脳裏に蘇ってきた。