第10章 黒と蜜、紅と熱 * 信長END
『……自分でもどうしたらいいか解らなくて、自分の事なのに』
茶屋で言っていた美依の言葉を思い出す。
だが、美依は信長を庇うために、立ちはだかった。
もしかしたら、あれは信長を見て揺らいだ、"同情"や"流された"訳ではなく……
美依の奥底の真意がそうさせたのだろうか。
本能的に動いたと言うべきか。
それはつまり……答えは出ているのではないか?
「あーあ、フラれたなー」
明ける空を見上げながら、一息つく。
昨夜の温もりは、一生忘れられないな。
それを思えば、少し切なくなって……
信玄は己の気持ちに蓋をし、二度と開かないよう鍵を掛けたのだった。
*****
「……痛むか」
「今は、そんなに……」
「……そうか」
美依と大した会話もしないまま天主に戻ってきて、俺はその傷ついた手首に布を巻き、手当てをしていた。
圧迫痕と言うより、擦れたような感じの痕だ。
そんなにきつくは縛っていなかったが、繋いで躰を揺さぶっている内に擦れてしまったのだろう。
ならば清潔にして薬を塗り……
布を巻いてそこに触れないようにしておけば、数日で綺麗に治るはずだ。
俺は手当てが終わると、そのまま美依の手を取り優しく握る。
すると、美依も握り返してきて……
反応が返ってきた事に少し驚きながらも、美依に聞きたかった事を問い掛けた。
「……美依」
「はい……」
「貴様、昨夜信玄に抱かれたのか」
「……はい」
「貴様は…信玄を好いているのか」
「……少なくとも、嫌いではないです」
(……なんだ、その曖昧な答えは)
俯きながら答える美依、嫌いではないという事は、好きだという意味だろう?
はっきり『信玄が好きだ』と言えば良いものを、何故そんな曖昧で含みのある言い方をする?
そして、他の男に抱かれたと言う事実。
それでもそうさせたのは己自身のせいだと、美依を責める気にはなれず、ただ『そうか』と返すと……
美依は俯いた顔を上げて、俺を見つめてきた。
その澄んだ、どこか力強い眼差しに若干息を呑むと、美依はそのまま意を決したように言葉を紡いだ。