第10章 黒と蜜、紅と熱 * 信長END
「またそんな目をして……!」
「は……?」
「なんでそんな虚ろで、迷い子みたいな目をするんですか。貴方は…もっと強い御方のはずでしょう……?!」
「っ……」
美依の言ってる意味が解らない。
俺が…母を探す、幼い迷い子のようだと言いたいのか?
俺ははなから迷ってなどいない。
美依だけを愛し、その心を手に入れるためなら、躰も繋いで閉じ込める事も厭わない。
初めからそれしかないのだから、迷いようもない。
だが───………
美依が居なくなって、心が押し潰されそうだった。
美依が俺を置いて居なくなるなど、思いもしなかった。
嫌われたかもしれない、それを思うだけで、
────ただ、怖かった
「……美依」
「はい……」
「貴様を連れて帰る、話は…それからだ」
「……はい」
俺がそう言えば、美依は素直に頷いた。
そのまま美依を横抱きにする。
華奢な躰は、それこそ脆く崩れてしまいそうなくらい軽い。
でも、それが愛しかった。
移る温もりが…ひどく俺を安心させる。
その細い腕が首にしっかりと巻きついたのを確かめてから、俺は信玄に背を向けた。
あんなに敵意剥き出しにしていたのに、信玄は何も言わない。
たくさん問いただす事はある、責める事も山ほどある。
それでも───………
この男なりに、黙って見送る理由があるのかもしれない。
それを思えば、斬る気は失せた。
気がつけば、夜はすっかり明けていて。
俺達の歪な関係の夜明けはいつだ?
遠くに雲雀の声を聞きながら、それを感じずにはいられなかった。
────美依と信長が去って
独り取り残された信玄は、見えなくなる後ろ姿に視線を向けながら、苦笑いを浮かべた。
「第六天魔王とも呼ばれる男が、女一人にあんな顔をするなんてなー…だから見るなと言ったのに、案の定君は揺らいだじゃないか」
信長の酷く翳った赤い瞳を思い出す。
あれは『恐怖』に怯える目だ。
大切なものを失うかもしれない、そんな心を隠した、それこそ『迷い子』のような眼差し。
美依の言ってる事は…言い得て妙といったところか。