第10章 黒と蜜、紅と熱 * 信長END
「信玄、様……!」
「君は背中に隠れていろ、信長は見るな」
「で、でもっ……!」
信玄の背中の後ろから声がする。
大柄な信玄、そのせいでこちら側からは美依の姿は全く見えない。
せめて、美依と話は出来ないものか。
少しでいい、顔を見るだけでも。
その為には、やはりこの男を斬るしかないのか。
一触即発の雰囲気。
どちらかが少しでも動けば、斬り合いが始まるのだろう。
(美依、俺は……)
貴様を取り戻せるなら、信玄をも斬る。
それで和睦が解消し、戦になっても……
俺は、貴様を奪い返す。
甲斐の虎から何としてでも。
そのくらい、愛しているから。
何者にも代えられないほど、貴様を。
鋭く信玄を睨む。
同じように睨み返すのを見て…もう腹積もりは決まった。
「────覚悟、信玄」
「……」
低い声で唸り……
まさに宗三左文字を抜刀しようとした。
その瞬間だった。
「待って……っ!」
静止の声と共に、信玄の後ろから小柄な身体が躍り出てくる。
美依は俺と信玄の間に割り入り……
そして、まるでその小さな背中で庇うように、両腕を広げた。
俺は思わず目を見開く。
美依は…俺を背にして、信玄に立ちはだかったのだから。
「やめて、ください…信玄様、信長様を斬っちゃだめ……!」
「美依…退きなさい。君が庇う価値もない男だ」
「そんな事ないです、信長様は信長様は……!」
「っ……」
美依が悲痛に叫ぶ。
着物の袖から伸びる手首には、俺が捕らえた痕が痛々しく残っていると言うのに。
美依、貴様は俺を庇うのか。
癒してくれた男ではなく……
自分傷つけた男を、貴様は『斬らないでくれ』と。
その身を案じ、盾になるのか。
「私を愛してると囁いてくれたこの人は、本当は優しい人なんです。人の愛し方を知らない…不器用で純粋な人なんです。お願いします、この人を傷つけてはだめ……!」
(美依……)
すると、美依は俺の方に振り返った。
真っ赤になって、濡れた瞳。
一晩中泣き腫らしたのか?
美依はそのまま俺の両頬に手を添えてくる。
その手は震えているのに…まるで怒ったように言葉を紡いできた。