第10章 黒と蜜、紅と熱 * 信長END
それを自然と目で追って、視線を動かす。
サラサラと流れていく葉は、止まることも知らずに身を任せているようで……
まるで、離れていく美依のようだと。
何故かそんな風に思えた。
もうあやつは見つからぬかもしれんな。
そんな弱気に駆られ、また苦しくなる。
それを振り払うように、一回深呼吸をした。
その時だった。
「ん……?」
小川の対岸にある建物から、男女が出てくるのが目に映った。
その姿を見て、思わず目を見開く。
その淡い桃色の着物は…見覚えのあるどころか、俺が探し求めていた姿だったからだ。
「美依……っ!!」
「………!」
考えるより先に声が出た。
そして、足が動いていた。
俺の声に反応し、美依が驚いたような表情で俺に視線を向ける。
俺は濡れるのも構わず小川を走って横切り……
その姿に近づけば、一緒に居る大柄の男が背中に美依を隠したのが解った。
その男の正体。
それに気づき、俺は思わず奥歯を噛む。
それは甲斐の虎、武田信玄。
長年敵として睨み合い、最近和睦を結んだ、その男だったからだ。
「信玄……」
「信長、久しいな。和睦締結の時以来か?」
「貴様…美依と一夜を共にしたのか」
「無粋な詮索はやめろ。お前に何の権利がある?たかが痕一つで、彼女を酷く傷つけたお前に…とやかく言われる筋合いはない」
「……」
鋭く、獰猛な黒い瞳。
口元は笑んでいるが…目は笑っていない。
むしろ、俺を憎むような目つきだ。
恐らく…あの口づけの痕を残したのは、この男なのだろう。
そして、信玄は全てを美依から聞いたか。
俺と美依の関係も、天主に捕らえていた事も。
逃げた美依を保護し、そして……
美依と褥を共にした、と考えるのが普通か。
(────俺以外の男が、美依を)
あの柔肌を、この男は感じたのか。
濡れた愛らしい声も聞いたのか。
そして……
俺の記憶しか刻まれないはずの、美依の『女』の部分に触れ、そこを穿いたのか。
心の中に、一瞬にして劣悪な感情が噴き上がる。
気がつけば、刀の柄に手を掛けていた。
それは信玄も同じだったらしく……
まさに抜刀寸前の所で、手を止めていた。